↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第1章『執事は家族です!』
PR
9/126

memorys,09

 学校へ歩いていくのが、前なら普通だった。

 しかし、行き帰りは自分専用の運転手付きリムジンでの送迎。お金持ちの集まるこの学校では、それが日常風景のようだ。


「初めまして、九条 亜矢です。わからないことだらけなので、いろいろ教えてください……よろしくお願いします」


 緊張しながらも、なんとか自己紹介を言い終え、頭を下げた。その瞬間、聞こえてきたのは、期待とはほど遠い声だった。


「あれでしょ? ドレスで有名になった……」

「もともと“庶民”ってこと?」

「なんだか、場違いじゃない? ここの勉強のレベルについてこられるのかしら?」


 心無い言葉。せせら笑いが聞こえる。

 きっとここで“朝比奈”の名を出せば、もしかしたら丸く収まる可能性もある。けれど、それだけは利用したくない。あんな言い方をされたら、意地でも自分の力でなんとかしなきゃと思った。


「なら、空いてる席へ座りなさい」

「はい」


 女子たちの視線が痛い。男子はまるで、わたしは存在してないもののように、目すら合わせなかった。


「……きっと、泣き出して帰るはめになるわ」


 その一言に、思わず相手に目を向ける。


「あら、怖い顔。庶民はすぐ暴れそうで怖いわね」

「なっ……」

「九条、席へつきなさい!」

「……はい」


 ——どうして、こんな言われ方ばかりされなきゃいけないの?


 言われたとおりに席へ着くも、込み上げる悔しさに唇を噛み締めた。


「さぁ、今日は休み明けの学力テストからいくぞ。数学、英語、国語の順でいくから」

(初日からテスト!?)

「一年の復習問題だから、これぐらい解けないと恥だぞ!」


 そう言いながら、テスト用紙を配っていく先生を見つめるわたしの表情は、次第に不安へと変わっていった。


(……復習なら、大丈夫だよね?)


 しかし、前から回されてきたテスト用紙を見た瞬間に愕然とする。


(嘘っ……こんなとこ習ってない!)


 焦って先生を見るも、声をかけるには遅かった。


「はい、はじめっ」


 開始の声が響き、わたしを残した全員が、すらすらとシャーペンをテスト用紙に走らせていく。なんとかして解こうとペンを握るも、ハイレベルな問題にまったく手が動かなかった。

 焦る気持ちばかりが募り、周りから突き放されたような感覚が襲ってきた。時間はわたしを嘲笑うかのように過ぎていく。


 そして、呆気なく三時間が経った。


「明日には成績が廊下に貼り出されるからな」


 ほとんど解答欄を埋めることができず、学力でさえも“違い”を思い知らされる。


 ——ここは、わたしが居るべき場所なんだろうか?


「本当に“偽物”なんだな、わたし……」


 身につけている腕時計でさえも、海外の高級ブランド。テスト内容も、普通の学校では考えられないほど難易度が高かった。


 世界が違う。


 ——わたしは“お嬢様”になんか、なれっこない。


 初日を終え、一人校内を回った。案内してくれる人すらいない。人気の少なくなった廊下をただ呆然としながら歩いていくと、聞き覚えのあるバイオリンの音色が聞こえてきた。


(……これは)


 あの庭で聞いた、暉の演奏だとすぐに気づく。


(邪魔したらマズイ)


 足早に、音の聞こえる教室から離れようと歩き出した矢先に、音色がぴたりと止み、ドアが勢いよく開かれた。


「……っ!?」


 やはり中から出てきたのは暉で、わたしが居ることに少しだけ驚いたような表情をする。


「し、失礼しますっ」


 逃げるように、その場から立ち去ろうとした背後から笑い声が聞こえ、わたしは反射的に振り返った。


「何がおかしいんですか?」

「や、ごめん……予想どおりの顔だったから、つい我慢できなくてさ。初日から挫折しちゃった感じ? 兄さんの言ったこと正論だったでしょ?」


 情けないけど、そのとおりだ。

 陽太さんは間違ってはいない。


 ——だけど、それでも“家族”を手放したくないと思うのは、わたしのわがままなの?


「惨めだよね。泣くなら泣けばいい……けど、泣いたってどうにもならないよ? これは君の問題であって、乗り越えなきゃならないのは、他の誰でもない君自身なんだから」


 目の前が真っ暗になったように見えた。

 それでも、華澄の言葉を思い浮かべ、必死に涙を堪える。わたしは笑顔をつくり、暉をまっすぐ見据えた。


「泣かないよ」


 暉の表情から笑顔が消える。


「わたしは泣かないし、諦めないよ。必ず学校にだって馴染んでみせるし……二人に“家族”って認めさせてみせるから覚悟して!」


 精一杯の強がりを暉にぶつけ、わたしはまた前へ進み出した。


「へぇー……泣かないんだ。案外面白いじゃん」


 最後に暉が呟いた言葉は、わたしの耳には届かなかった。




  ◇◇◇  ◇◇◇




 学校から戻り、神木が玄関でわたしを出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「神木さん……ただいまっ」


 “おかえり”と“ただいま”を交わせることで、わたしの心は少しだけ落ち着きを取り戻す。


「学校はいかがでしたか?」

「はい、大丈夫です! すごく勉強が難しかったのはビックリしちゃいましたけど」

「何かお手伝いしましょうか?」

「いえ、勉強なら自分で頑張ればいい話ですから、手伝いはいりません」


 しかし、学校の勉強に兄弟との問題と、悩まされることが増えた分、気晴らしに何かをしたいとも考えていた。

 いつも何か悩みができれば、家事やバイトで体を動かして、頭をリセットする時間があった。けれど、お嬢様という立場では、どちらもできないだろう。


「神木さん、聞いてもいいですか?」

「はい」

「バイトとかって駄目ですよね?」

「バイトは校則でも禁止されています」


 神木は予想どおり、きっぱりとした口調で答えた。


「なら、家事とかお手伝いするのも駄目ですか?」


 その質問に、神木は少し困った顔をする。


「お嬢様にそのようなことをさせたら、わたくしたちが奥様に怒られてしまいます。どうか、ご自分のことを最優先になさってください……」

「そうですよね……変なことを聞いてごめんなさい」


 自分がしようとすること、したいことは、ここでは迷惑になってしまう。それは世界が違うというよりも、自分の居場所が狭くなったように感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。