memorys,82
おしゃれな石畳とレンガ造りの町並みの中で腕を組んで歩くお父さんと涼華さんの後ろ姿はとても微笑ましく思える。あんな風に仲睦まじい夫婦の姿を見ると、ふっと考えてしまう。
わたしはこの先の未来で、こんな風に素敵な町並みを家族と呼べる人と歩むことができるのだろうか?
自分の未来を前ならよく想像できたはずだった。お父さんとふたり暮らししていたようなこじんまりした古い家でも、毎日笑顔を絶やすくことなく幸せに暮らす。自分が好きな人であるなら、貧しかったとしても構わない。子供を挟んで手を繋ぎ合い、日の当たる公園をただ散歩して歩く。そんな平凡な日常を思い描いていた。
なのにいつからだろうか。そんな簡単な想像すら今はできなくなってしまった。
「亜矢」
不意に掛けられた声で我に返る。
「あまりよそ見してるとはぐれるぞ」
少し前を歩いていた陽太さんがだんだん歩く速度が遅くなっていくわたしを心配し、振り向き声をかけた。
「これから人通りが多くなっていくから、ちゃんと付いてこないと迷子になるからな」
「分かった!」
迷子になるほど子供じゃないと頭の片隅で思いつつ慌てて歩きを早めると、陽太さんは安心したようにまた前を向く。しかし、数歩進んだところでおしゃれな雑貨やさんに気が付き足を足を止めた。様々なアクセサリーがショーウィンドウに並んでいる中、あるものに目を奪われる。それは貝殻と綺麗なガラスで作られたブレスレットだった。そっとガラス越しに手を触れる。
それは、ハワイ旅行の時に神木さんがプレゼントしてくれたものによく類似していた。
あのブレスレットはどうしたんだろう?
神木さんと別れるまでは、たぶん肌身離さず持っていた。
(ああ、そうだ……引き出しの箱にしまったんだった)
なぜ、こんな時にブレスレットのことなんて思い出すのだろうか。
急に現実に引き戻され、ショーウィンドウから手を離した。
さっき陽太さんに注意されたばかりなのに、またこんなことをしていたら怒られてしまう。そんなことを考えながら目線を戻した瞬間、わたしは愕然とした。目線の先に自分の知る家族が誰ひとりもいない。さっきまで陽太さんの直ぐ後ろを歩いていたはずなのに、どこを見渡しても見当たらなかった。雑貨やさんに目を引かれたのは一瞬のことのように感じていたが、それはみんなを見失うには十分な時間だったのかもしれない。
「どうしよう」
陽太さんの言っていた通り、さっきよりも行き交う人は多くなっていた。先へ進めばもっと増えるだろうから、闇雲に歩き回ってもみんなを探し出すのは自分ひとりでは難しいだろう。
(そうだ、スマホ)
ここは動かず、連絡を取った方が早い。急いで鞄の中を手で探り出すのだが、なかなかスマホらしきものに触れなかった。まさかと思い、今度は顔を近づけて鞄の中を除き込む。そのまさかは的中していた。
「スマホがない」
朝、支度の途中で涼華さんが来たから、もしかしたらスマホを部屋に置き忘れたまま気付かず出てきたのかもしれない。
「どうしよう……」
迷っていても状況は何一つ変わらないのは分かりきっている。わたしに残された選択肢はもうひとつしか残っていなかった。なんとかみんなと向かっていた目的地に自力で辿り着くしかない。もしかしたらその途中で合流できるかもしれないと、わたしは足早に歩き出した。
しかし、考えは甘かった。
全く土地勘のない場所で、スマホも地図もなしに歩き回るのは状況を悪化させるばかりだと気がつく。いくら歩いても誰かに会える気配はなく、もとの場所に戻ろうにも、もう自分がどこにいるのかすら分からなくなっていた。
「今頃みんな心配してるよね」
それを考えると申し訳なくて、わたしは勇気を振り絞って通行人のひとりに話しかける。学校の勉強が功を奏したのか、相手の人には直ぐ伝わった。少し年配の優しそうなおばあさんだったおかげもあって、丁寧に地図まで書いてくれた。お礼を言って、走って教えてもらった場所へと向かう。
なんとか地図通りに進むと、みんなで最初にみに聞く予定になっていた大きな広場へと辿り着く。そこには大きな噴水があり、観光地としても有名な場所だった。車通りも多く、観光客や地元の人で賑わっている。
(みんな……)
噴水を背に周りを幾度となく見渡しては見たものの、やはりみんなを見つけることは出来なかった。もしかしたら、行き違いでわたしを探しに元居た場所へ戻ってしまったのかもしれない。
(また誰かに道を聞いてホテルに……でも、ここに誰かが探しに来てくれるかもしれないし)
どうしたら一番いいのか分からなくなってしまったわたしは、歩き疲れもありその場にしゃがみこむ。深い溜め息が口から漏れる。
「何やってんだろ……わたし」
ひとりでウジウジ悩んで白藤さんを傷付けて、神木さんの思い出に今さら浸ったあげく、家族にまで心配かけてしまった。こんなの自分らしくない。いつだって、笑顔でなんでもひとりで乗り越えてきたはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。いつからわたしはこんなにも弱い人間になってしまったのだろうか。
情けなくて悔しくて泣き出しそうになった時だった。
「君、大丈夫?」
知らない声が掛けられる。
顔を上げると、そこには見知らぬ女性がわたしを見下ろしていた。