memorys,75
目の前に現れた人物を目にしたわたしは思わず叫び出しそうな勢いで口を開ける。しかし、それを遮るように優しく相手の人差し指が唇に押し当てられてしまった。そのまま部屋へと入ってきて、音を立てないようにドアを閉めると、相手はわたしを見つめ微笑む。
「なんだよ、その顔は」
いつもと変わらない笑顔。強気で、少し悪戯な表情にどこか安堵を覚えた。
「白藤さん」
さっきまでどんな顔をして会えばいいのか、何から話したらいいのかと悩んでいたはずなのに、それは無意味だと知る。顔を見れた瞬間、顔は自然と笑顔を作り、何も考えなくても言葉が零れ出していた。
「会いたかった……すごく会いたかった」
「亜矢」
名前を呼ばれると、なんだか耳がくすぐったくなる様な恥ずかしさを覚える。
「変だね。嬉しくて反応に困るなんて」
今更髪が乱れていないかと、指先を耳元に近づけようとした時、ふんわりと白藤さんのにおいに包まれた。抱き寄せられたと分かるのに時間はかからなかったが、いきなりの展開に静まっていた鼓動が音を立てて鳴り出す。
「アホ……そんなこと言ったら俺が困るだろ」
「白藤さんが困るの?」
いつも困らされているのは自分だけだとばかり思っていたから、そんなことを白藤さんの口から聞かされると少しおかしく思えて笑ってしまいそうになった。
「お前が可愛いこと言うから我慢するのが大変で困るんだよ」
「がっ、我慢って……」
問題発言を耳にし、わたしは慌てて体を相手から離すと、どこかからかったような表情で微笑んでいるのが映る。冗談から言ったのか、それとも彼なりの本心なのか、たまに読めない。だからこそ困るし、いちいち意識してしまう。
「何日もお前の顔が見れなかったんだ。会いたかったなんて嬉しいこと言われたら我慢できるわけがないだろ」
「そ、そんなこと言われたって」
「さて、我慢した分なにをしてもらおうかな」
これは間違いなくからかわれている。わたしが動揺する姿を楽しむかのようにじわじわと距離を詰めてくる白藤さんから逃げるように後退った。
「待って」
「却下」
こんな時に慣れない靴を履てくるものではない。後ろ向きで数歩歩いたところ、案の定バランスを崩し、転びそうになった。慌てて手を差し伸べる白藤さんに運良く掴まることが出来たが、そのままふたり一緒に床へと崩れ倒れてしまう。
気付いた時には、わたしは白藤さんに押し倒されたような態勢になっていた。そんな状況に驚いていたのは、意外にも白藤さんだった。焦ったように、申し訳なさそうに、目を逸らす。
「悪い……」
ワザとやったわけでもないのに、酷く小さな声で謝ってから身体を起こした。
「ほら、怪我はないか?」
立ち上がるのを手助けしようと伸ばしてきた白藤さんの手をそっと握る。緊張感からか、その手は少しだけ汗ばんでいた。
「白藤さん……わたし、もっと白藤さんのこと知っていきたいって思ってる」
こんなにも自分を想ってくれている姿を目のあたりにした瞬間、言葉が自然に声となって出ていく。
「あと……その、白藤さんに触れられるのは……嫌じゃないから、謝らないで」
「お前、アホだろ」
すると、握られた手が引っ張られ、ぐんっと距離が縮む。
「それ言ったら、本当に我慢できなくなるだろうが」
もう、からかいも冗談も含まれない彼の瞳に吸い込まれそうになっていくわたしの耳にノック音が響いた。お互い現実に引き戻されたように身体を離し、冷静を装った顔を作る。白藤さんは執事スマイルで扉を開くと、そこにはビックリ顔をした陽太さんの姿があった。
「白藤くん」
「陽太様、長旅ご苦労様でした。今お嬢様にあいさつを終えたところで、これから陽太様のお部屋に伺うつもりだったのですが」
「いや、気にするな。君も探さないといけないと思っていたところだったから手間が省けた」
「と言いますと?」
「クリスマスパーティーの前にみんなに集まってほしい用事があるんだ。白藤くん、暉を呼んできてもらえるかな?」
「かしこまりました」
その用事は、どうやら白藤さんも知らない内容らしい。陽太さんの指示通り暉くんの部屋へと向かう白藤さんが小さく首を捻った。
(なんだろう?)
疑問に思いながら陽太さんに案内された場所は、同じ階にある違う部屋だった。
「さっき着いたって連絡がきたから……」
そう言いながら、インターホンを鳴らす。すると、ドアはわたし達を待ち兼ねていたかのようにすぐさま開かれた。
「みんな、会いたかったわ!!」
「久しぶりだな、元気だったか!?」
「お父さん、お母さん!?」
仕事で来られないと聞いていたふたりが出てきたことに、わたしは思わず声を上げた。
「なんで、仕事は!?」
「みんなでクリスマスを祝いたいから早く仕事を終わらせてと涼華に怒られてな」
「クリスマスに間に合うように急かしたのよ」
嬉しかった。これで家族みんなでクリスマスを祝えることに心から喜ばしかった。だけど、家族が揃ってしまったという事実がわたしの表情を強張らせた。
「お嬢様」
この一声で、過去だとしまい込んでいた記憶が鮮明に蘇る。恐る恐る目線を声の方へ向けていく。
「お久しぶりです」
動揺が唇に震えとなって伝わってきた。変わらない優しい笑顔をこちらへ向ける相手に言葉がなかなか出てこない。
ほら、みんなが見てる。動揺したら駄目だ。
大丈夫。わたしならもう大丈夫。
ちゃんと笑顔で向き合える。
心の中で自分自身に言い聞かせ、精いっぱいの笑顔を向けた。
「神木さん、久しぶりだね! 変わりなくて良かった!」
ほら、うまく笑えた。みんな不審な表情一つしていない。
「みんなでクリスマスが祝えるなんて幸せだよ!」
こうして、家族全員が揃ったクリスマスの夜がやってきたのだった。
ここで4章終了です!
次回から神木さん加わる波乱の5章!?
どんなクリスマスになるのか…
亜矢はどんな選択をするのか…
良ければ続きもよろしくお願いします!




