memorys,73
それから二日後。
わたしはパジャマを隠すくらいのロングコートを着て、赤のマフラーを大雑把に首に巻き付けながら、早朝から屋敷の廊下を走っていた。しかし、まだ6時にもなっていない。陽太さんや暉くんを起こしてしまわないように、一階へ下るまでは極力足音を立てぬように気を付けながら、なんとか屋敷の裏口へと辿り着いた。
「白藤さん!」
「亜矢?」
外へ出た瞬間、冷えた空気が鼻をつんとさせる。薄いパジャマにコートを羽織っただけの身体から、一気に体温が奪われていくのを感じた。それでもわたしは、車に荷物を積み込む白藤さんのもとへと急いで駆け寄る。
「なんだ、見送りなんか別にいらないのに……そんな恰好じゃ寒いだろ?」
慌てて走ってきたせいか、首に巻いたマフラーが今にも解けそうになっているのを見兼ね、白藤さんがそれを綺麗に整えてくれた。
「大丈夫、寒さには案外強いんだよ? それにちゃんと言ってあげたかったし」
「何を?」
わたしは、真っ直ぐ白藤さんの瞳を見つめ笑顔する。
「あお兄……行ってらっしゃい」
そんなことのためだけに見送りに来てくれたことを知ってか、白藤さんが珍しく照れたような顔をした。
「そういえば、結局行先は内緒のままなんだね」
「固く口留めされてるからな。サプライズも兼ねてるんだろう……まあ、楽しみにクリスマスまで待ってろよ」
どうやら毎年恒例行事のようで、当日現地に着くまでは陽太さん以外行き場所を知らされないシステムのようだ。ただ、暉くんは予測がついているらしい。前の年に寒い国に行ったとしたら次の年は真逆の南国と交互に繰り返されていると暉くんが説明してくれた。それを話している暉くんの表情が少々憂鬱そうだったのを窺うと、現地は常夏の島ではないということは確かだ。
その暉くんの顔を思い出して笑ってしまいそうになりながら、白藤さんの言葉に素直に頷いた。
「分かった……気を付けてね」
手を振って見送る準備をしようとしたわたしの頬をつめたく冷えた白藤さんの両手が触れる。
「クリスマスの日……もしも、心が決まったとしたら……いや、やっぱいい」
何かを言い掛けてやめてしまった白藤さんの言いたいことはなんとなく分かった。
「分かった」
「え?」
「もしも心が決まったらクリスマスに必ず返事する」
わたしの言葉に頬を包む手が少しだけ震えた。
「……なら、覚悟しろ。返事を聞いた瞬間、お前がよそ見できなくなるぐらい愛してやるから」
「なっっ!」
「楽しみに待ってるよ」
さっきまでの照れてた白藤さんが可愛いだなんて思ったのも束の間。またからかうような笑みでわたしを見下ろす。けど、知っているんだ。こうやって白藤さんは、あまり悩まないように心を軽くしてくれようとしている。
去り際にわたしの頭をくしゃっと撫でると、車へと乗り込んだ。車の姿が小さくなるまでわたしは手を振り続けていると、後ろから声が掛かる。
「こんなに寒い中、見送ってたのか?」
少しばかり不機嫌そうな面持ちで立つ陽太さんの姿があった。白藤さんの見送りへ行くことを察していたのか、もしくは先ほど私が廊下を走った音で起こしてしまったのか、ご機嫌斜めな過保護な兄にわたしは苦笑いを浮かべる。
「お兄ちゃん」
そんなわたしの表情に、少しだけ呆れ顔。しかし不機嫌顔ではなくなったことに安堵する。
「お前に伝えなくちゃならないことがあって部屋に行ったけど居なかったから、もしかしたらと思って来てみたんだ」
「そうだったんだ。それで伝えたいことって?」
「実はクリスマス当日にサプライズを予定してるんだ。それを教えておこうと思って」
「サプライズ!?」
行き先を知らない異国でのクリスマスってだけでもドキドキするのに、またもサプライズが用意されるとは、なんとも女心を擽られる企画内容だと目を輝かせた。その場にはわたし達ふたりきりだというのに、陽太は耳打ちするように顔を近づけてきて小声で告げる。
「クリスマス、白藤くんのバースディパーティーをするから……ちょうど彼、クリスマスが誕生日なんだよ」
「えっ、白藤さん誕生日なの!?」
意外な情報にわたしは声を上げた。まさか、クリスマスが誕生日だったとは驚きだ。
「この家に来てだいぶ馴染んできたから、歓迎の意味も込めてサプライズパーティーをしようと思って」
「うん! きっと喜ぶんじゃないかな」
幼いころから執事の仕事ばかりだった白藤さんにとって、きっと誕生日を祝われることも少なかったはずだから、ナイスアイディアだと思う。
「詳しい内容も話すから、暖かいところへ移ろう。このまま外にいて風邪を引かれたら台無しになる」
背中を押されながら家の中へと誘導する陽太の横でわたしは強く頷く。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもないよ」
クリスマスは白藤さんにとってとても大切な日。プレゼントを用意することも当然だが、それよりも彼の求めるものをあげようと心に決めた。
クリスマスの日に白藤さんにちゃんと返事をしよう。
あなたが好きだと伝えるんだ。
白藤さんが居なくなると知った瞬間に感じた寂しさや悲しさが自分の気持ちを教えてくれた。だから、今度こそしっかり彼と向き合う決意をしなくちゃいけない。
「亜矢……」
「なに?」
家の中へ戻ってきたと同時に、なぜか真剣な顔でこちらを見つめている陽太の顔にわたしは少し動揺を声に濁す。もしかしたら、白藤さんとのことだろうかと内心ドキドキしていた。
「いや、いい。気にしないでくれ」
「お兄ちゃん」
「大したことじゃないんだ。さあ、暉も待ってるはずだから行こう」
いったい何を言い掛けたのだろうか?
陽太さんのことだから、白藤さんとのことを感付いたら何かしら言ってきてもよさそうだ。だけど、何も言わないってことは本当に大した内容ではないのだろうか。少し疑念は抱いたけれど、頭はすぐにクリスマスのことへと切り替わってしまった。
次回はいよいよクリスマス旅行!




