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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第4章『執事に惑わされています!』
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memorys,63

 神木さんのことも忘れられず中途半端で、白藤さんのことも曖昧なままで、自分がどうしたいのかも解っていない。


 こんな自分はすごく嫌いだ。


「アホっ」


 頭を覆っていた布団が剥がされ、宥めるように髪を撫でられる。


「また余計なことで悩むな。お前は何も悪くないだろ? 何度言えばわかるんだ?」


 熱のせいか、自然と涙腺が緩む。泣きたくもないのに、自然と涙が溢れる。


「俺が勝手にお前が好きで、勝手に困らせてるだけだから……お前には責任なんかないよ。だからこれ以上ひとりで悩むな」


「白藤さん」


 すると何故か、いつもの意地悪笑顔を浮かべた。


「まっ、そのうち悩む暇もなくなるよ。そんな暇なんか与えてやらないから、安心して寝ろっ」


「それ、どこに安心できる要素があるの!? 余計に寝れないよ!」


 言い返したわたしを見ると、満足そうに笑う。


「そうそう、お前はそのくらい元気じゃないと困るからな……さっさと風邪治して、お前らしく頑張れ」


(これも、私を元気付けるためだったんだ……)


 さり気なさの中に垣間見える不器用な愛情。


 きっと、神木さんと出会っていなかったら、わたしは確実に彼に惹かれていたかもしれない。



 また、暫く時間が流れる。


 やはり、隣に人が居ると気になってなかなか寝付けなかった。


「白藤さん? 聞いてもいい?」


「どうぞ」


 どうせ寝れないならと、あの事を口にしてみる。


 ハワイで白藤さんが言った“あの言葉”の意味を……


「最初にわたしに仕えてたら、何が違ってたの?」


 白藤さんの表情が一気に強張り、動揺からか持っていた書類を何枚か床に散らばしてしまう。その行動から、聞いてはいけないことだったんだと瞬時に理解し、謝ろうとしたわたしに静かな声が返ってきた。


「“何が”違っていたのか本当はよく分からないけど、お前ともしも最初に出会って、仕えていたら俺はきっと自分を憎まずに……普通に笑って過ごせたかもしれない。俺は今でも“あの時”の自分が憎くて許せないままなんだ」


 そして、ゆっくりと語り始める。


 白藤さんの抱える、もうひとつの隠された過去を……














 育ての親を亡くした瞬間、彼の進む道はふたつに分かれた。


 施設へ入るか、嫌いな執事になるか。


「俺には親父から仕込まれた執事の仕事ぐらいしか取り柄がなかったから……子供の俺が食っていくためには執事しかないって思ったんだ」


 その時の彼は13歳。


「君が白藤くんだね……一人前の執事になるよう頑張ってくれ」


 初めて執事見習いをした屋敷の主人は、人柄は良さそうな雰囲気だったが、自分の娘の教育に関しては人が変わったように厳しくなる一面があった。


「何をやってるんだっ!! あんな成績……家の名前に泥を塗る気なのか!?」


 怒鳴り声に、叩かれる鈍い音。それは日常茶飯事のことだった。

 初めはその光景を目撃する度に戸惑っていたけど、彼自身がもっとも苦手意識を感じていたのは、主人ではなく娘の方。


「恥をかかせるな!! 分かったか!?」


 自分よりも4つ上で、どんなに父親に怒鳴られても叩かれても、それで泣いている場面は一度も見たことがない。


 説教が終わり、黙って見ていた白藤と目が合うと、必ず睨みつけてきた。


「何見てんのよ! 執事見習いがボーっと見てんじゃないわよ!!」


「申し訳ありませんっ」


 彼女は気が強く、誰に対しても挑発的な態度ばかりとる。父親とは相当折り合いが悪かったのか、顔を合わせれば必ずぶつかり合っていた。


 父親との関係は年を重ねていく毎に悪化していき、3年も経つと、彼女が抱く不満をぶつける矛先は白藤に向けられるようになる。


「あおいっ! あおい、居ないの!?」


 父親と喧嘩すると、こうして自分の名前を叫ぶのがお決まりになっていた。


「どうかなさいましたか?」


「ちょっとわたしの部屋まで来なさい! 今すぐ!!」


「お嬢様、申し訳ございませんが今は仕事が残っていますので」


「だから何?」


 彼女の目つきがさらに鋭さを増す。


「あんたバカ? わたしは令嬢、あんたは執事。どっちが偉いかなんて考えなくても分かるでしょ? そもそも何? 執事辞めて路頭に迷いたい?」


 その言葉はまるで呪文のように、逆らうことを許してはくれない。


「いえ、行きます」


 どんなに彼女の傲慢さを嫌おうと、どんなに理不尽な事にも黙って従うしかないのだ。


 そう、執事である以上。


「ねぇ、あおい……この家、嫌いでしょ?」


 唐突もない言葉に戸惑う姿をおかしそうに見つめる。


「言わなくても分かってる。顔に書いてあるもの……わたしから逃げたいって」


「いえっ」


「あおいに自由をあげようか?」


「自由……ですか?」


 問い掛けに対して、彼女は長い髪を手の上に流しながら微笑み答えた。


「この家から出してあげる。わたしがお父様に頼んで、別の屋敷へ行けるようにしてあげるわ……どう? 嬉しい?」


 思いがけない提案に、その時はただ驚くことしか出来ない。


「でもね、ひとつ条件がある……あおい、選びなさい」


「選ぶ?」


「一年間わたしの命令には絶対服従して、この家から出る自由を得るか……今この場で断って、執事を捨てて何もないまま出て行くか……選んでっ」


 この時の自分には、この生活から逃げ出す勇気も、すべてを捨てる覚悟ですら持ち合わせてはいなかった。だから、選択肢はひとつしかない。


 この日から、自由を手に入れるための一年が始まったのだった。

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