memorys,06
壁中に備え付けられた棚にびっしりと本が並び、照明がオレンジ色のせいか、また違った雰囲気が漂う。部屋の中央に置かれたロココ調のソファとテーブルの素敵さに気を取られ、一瞬窓際で本を読む人物に気付けなかった。
わたしは慌てて、その人へと近寄る。
前髪を真ん中で分け、いかにもビジネスマン風の真面目そうな男性。年齢は20代前半といったところだろうか。スラッと背が高く、グレーのスーツがより大人っぽさを感じさせた。本に視線を落としたまま、無反応な彼に緊張しながらも声を掛ける。
「あのっ……」
だが、やはり反応を示さない。気を取り直し、もう一度声を掛けた。
「あの!」
すると、勢い良く本を閉じ、眉を顰めながらこちらを見遣る。
「何回も呼ばなくても聞こえてる。用件を言ってくれないか? 君に構う暇がないんだ」
本を読むのを邪魔してしまったせいで機嫌を損ねたのだろうかと思い、わたしは遠慮がちな小さな声で告げた。
「すみません……挨拶に来たんです」
「あの男の連れ子だろ? もう分かってる……用件が済んだなら、出ていってもらえるか?」
「……あ、あの」
「まだ何か?」
冷たい眼差しが降り注がれる。息が詰まりそうな緊張感の中、わたしは陽太さんの目をしっかり見据え言った。
「わたしのこと、嫌いですか? これから家族になるなら、もう少し……」
「もう少し……なんだ? 仲良くしろとでも?」
窓辺に本を強く叩き付ける音が響く。陽太さんはゆっくりわたしのいる方へ近付くと、軽蔑を思わせる表情で見下ろした。
「悪いが俺はお前と兄妹や家族ごっこをするつもりはない。あんな成り上がりで有名になったような男が父親とも思わない」
「ちょっと待ってください! お父さんは別に成り上がりで有名になった訳じゃ」
「どうだろうな……有名になったのだって母親の死を話題にして、同情を得たからじゃないのか? そもそも、この結婚も朝比奈財閥の“後ろ楯”が欲しかっただけじゃないのか?」
「いい加減にして下さい! 陽太さんはわたし達のことなにも知らないじゃないですか!! それなのにっ……」
反論を続けたかったが、更に詰め寄られ、相手の迫力に言葉を飲み込む。
「単刀直入に言う……俺はお前たちを家族と呼ぶつもりはない。だから、俺とは一切関わるな……理解したら出ていってくれ」
あまりにも直球な拒絶に、言い返せない自分が情けなくて、震える手をぎゅっと握り締めた。
「……無理そうだな。なら、俺が出よう」
本を手に取ると、陽太さんはもう何も言わずに書斎から出ていってしまった。ドアの閉まる音が虚しく響く。
「あそこまで嫌われてたら、家族なんてなれないじゃん」
悲しさを通り越し、涙すら出てこない。
「わたし、何しにきたんだろ……」
書斎を出て、俯きながら歩くと、頭の隅に母の口癖が過った。
「うん、分かってる。笑顔で乗り切らなきゃ……ここで諦めたら、お父さんが悲しむ」
せっかくいい人と出逢えて結婚したのに、わたしがここで立ち止まったら、家族になった意味がなくなる。
「何としてでも仲良くなってやるんだから!」
新たな決意をし、わたしはまた前を向き歩き出した。
◇◇◇ ◇◇◇
お父さんと涼華さんが到着したのは、夕方の6時を過ぎた頃。
直ぐ神木さんに呼ばれ、1階にある大広間に案内された。10人以上は座れるであろう大きなテーブルには、見たこともない高級な料理が並べられている。アンティークな柱時計、レンガで造られた暖炉、床は鮮やかなペルシャ絨毯。
そんな中で、ドレスアップした涼華さんと父が待っていた。
「亜矢さん、今日は驚いたでしょう?」
席へ着き、目の前のワインを一口飲むと涼華さんは優しい口調でわたしに言った。
「はい、かなり……」
「けど、家族が一気に増えたから嬉しいだろ?」
「う、うん。嬉しいよ」
兄弟たちと何があったか全く知らない父は、ご満悦な顔をしている。こんな楽しそうな父の顔を曇らす訳にはいかないと、わたしは笑顔を絶やさないようにした。
しかし、目線を横に移すと黙々と目の前の食事を口に運ぶ陽太さんの姿が映る。暉くんはにこやかなものの、本心を隠しているようにも見えた。
「すみません」
あまり話もしないまま、陽太さんはすっと席を立つ。
「まだ仕事が残っていますので失礼致します」
「まぁ、今日ぐらい仕事なんていいじゃない」
涼華さんが慌てて言うと、さっきまでとはまるで別人の笑顔を見せた。
「すみません、お母さん。今、会社の引き継ぎの件でいろいろ忙しくて」
「それは分かってるけど……せっかく初めての家族での食事よ?」
涼華さんが困り顔を浮かべると、父は宥めるように言う。
「いいじゃないか、涼華。仕事なんだから仕方ない……陽太くん、忙しいのに悪かったね。またゆっくり食事しよう」
「すみません。では……」
「なら、僕もバイオリンの練習の時間だから行くよ」
陽太さんに続き、暉くんまでもが席を立って行ってしまった。涼華さんは即座にわたしへと視線を向ける。
「ごめんなさいね。あんな息子たちで……亜矢さんに失礼なことしなかった? ちょっと父親譲りで頑固で不器用で、迷惑かけたんじゃないかしら?」
「いえ、そんな!」
本当の事を言ってしまったら、涼華さんまで傷付けてしまうかもしれない。それを思うと、あの事は決して口にはしたくなかった。
「いきなり再婚なんかしたから戸惑ってる部分もあると思うの……だから、気長に見てあげて」
「はい、わたしなら大丈夫です!」
不安にさせないように、明るく返事を返す。それに、涼華さんの優しい笑顔を見ると、母を思い出すから余計に悲しませたくなかったのだ。
「わたしにも気を使わないでね。遠慮なく、何でも言って……わたし娘と女子トークするのが夢だったから」
「はいっ、是非!」
「いいなっ、父さんも加えてくれ」
「俊彦さんたら、女子トークは女同士だけでたのしむものなのよ」
「そうか。それは残念だなっ」
やっと和やかな空気が流れ出し、さっきまで味気なく感じていた料理の味が嘘みたいに一変する。
また明日から、ゆっくり頑張っていけばいい。
そうすれば、きっといつか“家族”と呼べる日がくると、そう信じ、思うようにした。
兄弟、手強いです!(笑)
けど、ブラックな陽太を書くのが
楽しかった(ノ´∀`*)