memorys,56
第4章では、
タイトル通りって感じでしょうか(笑)
白藤さんがいよいよ亜矢に自分の気持ちを
いろんな方法で伝えようとします(^-^;
まだまだ話は続きますが
第4章もよろしくお願いいたします!
神木さんが居なくなって一週間が経つ。お父さんとお母さんもイギリスへ発ち、一気に屋敷の中は静かになってしまった。
「ごちそうさまでした」
「亜矢、もう要らないの?」
夕食を半分も食べずに席を立つわたしを怪訝そうに見上げる暉くんに、小さく笑って頷く。
「なんかお腹空かなくて」
「体調悪いんじゃない?」
「大丈夫だよ」
なんとか笑顔で答えて席を離れ掛けたとき、不意に陽太の手が腕に触れた。
「どうかした? わたしなら本当に大丈夫だから……心配しないで」
「…………そうか」
何かを言いたそうにするも、陽太はそっとわたしから手を離す。
「なら、ゆっくり休んで」
「ありがとう、お兄ちゃん」
あの日から、何だか自分がうまく笑えていないのは分かっていた。暉くんや陽太さんが気遣ってくれて、心配してくれているのも気付いている。なのに、うまくその優しさを受け止められない。時間が過ぎれば過ぎただけ、様々な想いが涌き上がり、悲しみという名の海を作り出す。わたしはそれに溺れて、沈んでいってしまったような感覚に陥っていた。
こんな情けない状態から抜け出したいのに、ひとりになると駄目になる。
「早く……忘れなきゃ」
一年後には、帰ってくる神木さんに笑顔で“おかえり”と言える自分になりたい。少し前まで、笑顔で乗り切れていた自分に戻りたい。
なのに、思考と感情がバラバラでどうにも出来なかった。
自分の部屋に戻るなりベッド横に座り込み、深い溜め息をつく。
「こんなんじゃ駄目だ……いい加減、立ち直らなきゃ」
うじうじ悩んでいても過去は変わらない。
「失恋したぐらいで馬鹿だよね……」
「仕方ないだろ」
「仕方なくないよっ」
膝に頭を当てて、なんの違和感もなく返事をしてしまった。
(ん?)
勢いよく顔を上げ、ドアの方へ向けると、不機嫌そうな表情の白藤さんが部屋の中に入ってきていた。
「驚いてるようだけど、ノックはしたからな」
「ご、ごめんなさい……気付かなくて」
あの告白以来、特に何かをしてくる訳もなく、普段どおりに接してくれている。気遣われるよりは気は楽だったけど、やはりふたりきりになるのは正直なところ凄く気まずい。
「まだ食欲出ないのか?」
「うん」
「まあ、無理に食べろとは言わないけど……ほら、これ飲めっ」
手に持ったトレイの上にオシャレなポットとお揃いの柄のカップが乗せられていた。目の前のテーブルに置くと、近くに来いと手招きする。
「どうせ、また余計な事でも考えてたんだろ? これでも飲んで、頭休めろ」
「あ、ありがとう……」
ソファに座り直すと、早速カップを手渡された。白藤さんは無言のまま、隣に腰を掛ける。
(もしかして、わたしが落ち込んでると思って心配して来てくれたのかな?)
ちょっと不器用な優しさに少しホッとした。その瞬間、漂う香りに興味をひかれる。
「いい匂い」
一口飲むと、香りとともに広がる風味に思わず目を見開く。
「これ美味しい」
「気に入ったか?」
「凄く……リンゴみたいな味だけど、これアップルティじゃないでしょ?」
「ジャーマンカモミールだ。ハーブティの中で一番飲みやすいし、リラックス効果がある。今のお前にはピッタリだろ」
「ありがとう」
わたしのことを考えて選んでくれたんだと知り、微笑む白藤さんを直視出来なくなった。
「それ飲んで、ゆっくり寝ろよ……ひとりが嫌なら添い寝致しましょうか?」
「けっ、結構です!」
時に優しく、時に意地悪を言う“あお兄”に調子が狂う。それでも、この時だけは心が少しだけ軽くなったように思えた。
その頃、イギリスで神木もまたひとり溜め息を漏らす。
「一週間か」
「なんだ、ホームシックかい?」
「旦那様っ、申し訳ありません……」
「気にすることないだろ。神木くんも人間なんだし、溜め息ぐらいつくことだってあるさ」
俊彦が座る席の椅子を引き、それに合わせるように腰を落とす。
「何か飲まれますか?」
「そうだな、神木くんの淹れる紅茶は美味しいから頂こうかな」
「畏まりました」
ポットと茶葉を用意し、お湯を沸かし始めた神木を眺めながら俊彦が静かやに話始めた。
「そういえば、神木くんにはまだちゃんとお礼も言えてなかったね」
「え?」
「ずっと亜矢を支えてくれてありがとう。あの子が家や家族に馴染めたのは君のおかげだと思ってる」
「そんな、わたくしは何も」
「そうかい? 亜矢は直ぐに顔に出るから分かるよ。君を心から信頼してた……そんな亜矢から君を奪ってしまって少し後悔してるんだ。きっと今頃、君がいなくて淋しがってるに違いない」
そう言って笑う俊彦に、神木はそっと淹れたての紅茶を置く。紅茶に口をつけた後、落ち着いた口調で告げた。
「あの子はね、母親の言った言葉を守り続けて……どんな時も笑顔を忘れなかった。辛い時こそ笑顔でいようとするのは亜矢の良いところであり、欠点でもある。素直に“寂しい”とか“悲しい”と言えないんだ」
「一度、お母様の話を聞いたことがあります。笑顔で乗り切れば、大きな幸せが返ってくると仰っていたんですよね?」
「ああ、だから……君を笑って見送ったなら、その別れは“辛い”という意味なんだ」
神木の顔が一瞬強張る。
「わたしとふたりで苦労してきた分、いろいろ我慢させてしまったせいもあるから……今の新しい家族と過ごすことで、自分をさらけ出せるようになってくれればいいと思ってるんだがなかなか難しいものだね」
「そう……ですね」
「屋敷に戻ったら、また娘をよろしく頼むよ。君は執事である前に、亜矢やわたしにとってはかけがえのない家族だ。身分や立場なんて関係なく、こうして出逢えた今を大事にしてほしい……そう思わないかい?」
「はい」
神木の脳裏に浮かぶのは、最後まで笑顔を絶やさない亜矢の姿。しかし、そんな亜矢を思い浮かべて想い悔やむには遅すぎたと、神木は密かに悟ってしまったのだった。
未だに落ち込み続ける亜矢と
後悔し始めている神木さん。
恋愛は複雑だ(;´゜д゜)ゞ