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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第4章『執事に惑わされています!』
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memorys,57

 あれからまた数日が過ぎた、とある日の朝。


「え? 土日みんな出かけちゃうの?」


 焼きたてのクロワッサンを口に運びかけたわたしは、隣に座る陽太と、向かい側にいる暉を交互に見ながら言った。飲みかけの珈琲をすべて飲み干すと、陽太は申し訳なさそうに告げる。


「明日、朝比奈財閥主催のパーティがあるんだが……クルーズ船で一泊だから、どうしても帰れそうにないんだ。亜矢を一人にはしたくなかったんだけど」

「いいよ、気にしないで! 仕事なんだし……暉くんも泊まりなの?」


 スープを一口飲み、暉は静かに頷く。


「そう、有名なバイオリニストがコンサートを開くから観に行くんだよ。場所が遠いから日帰りは難しいかな」

「そっか……楽しんできてねっ」


 広い屋敷の中に取り残されるのは、正直心細くも思うが、決して一人ぼっちになるわけではない。メイドや白藤が常に屋敷にいてくれるし、そもそもわたしは留守番ができない子供ではない。

 だが、陽太はひどく心配した様子で、先ほどからわたしを見つめてくる。


「お兄ちゃん、大丈夫だからっ……留守番ぐらいできるよ?」


 それでも陽太の反応が変わらず、困り果てていると、暉の呆れた声が届いた。


「兄さんの心配性は病気みたいなものだけど、留守番でそこまで過保護にならなくても大丈夫なんじゃない? 白藤さんだっているんだしさ」

「いや、そこが……っ」


 陽太は何かを言いかけた途端に言い淀む。


「お兄ちゃん?」

「なんでもない……とりあえず、何かあればすぐ俺に連絡してくれ。それだけ、約束できるか?」


 あまりにも真面目な顔をして言うものだから、わたしは慌てて首を縦に振った。


「うん、分かった。約束する!」


 神木と喧嘩したと言っていたあの日から、どうも陽太の様子がおかしいことに、わたしは違和感を覚えていた。

 最初は、わたしが元気がなかったせいで心配しているのだろうと考えていたが、それだけが理由ではなさそうだ。


(もしかして……神木さんとわたしのこと、気づいてる?)


 涼華にもあっさりバレていたことを考えると、十分あり得ることだ。


(わたしってそんなに顔に出やすいのかな?)


 しかし、これはわたしの推測で、本当に陽太が気づいているかどうかは、確かめてみなければわからない。自ら神木のことを打ち明けて、もし陽太が知らなかった時は、大騒ぎになるのは間違いない。

 陽太が気づいているという確証もないのに、余計なことを言ってしまうのは正しい判断とは言えないだろう。


「そう言えば、最近は食欲も戻ったみたいだね」


 暉の声にはっとし、笑顔で頷いた。


「うん。心配かけてごめんね」

「兄さんほど心配もしてないけどね。じゃあ、僕は先に学校行くから」

「あっ、わたしも行かなきゃ!」


 慌てて食べかけのクロワッサンを口に入れると、立ち上がり陽太に視線を向ける。


「行ってきます、お兄ちゃん」

「ああ、気をつけてな」


 わたしが手を振ると、まだ不安そうな表情をしながら、陽太も手を振り返した。





 暉を追いかけるように部屋を出ていった亜矢を見届けたところで、陽太は一人で長いため息を漏らす。


「心配なのは留守番じゃなくて、白藤くんなんだが……二人きりにして大丈夫だろうか」


 頭を抱え込み、誰もいなくなった部屋で一人項垂れた。


 神木が居なくなり、亜矢が落ち込んでいることを知りながら、何もしてあげられない自分を情けなく感じていた。しかし、それ以上に心配なのは白藤の行動だった。


 明らかに白藤は、亜矢に好意をもって接している。落ち込んでいた亜矢に、夜にハーブティを持っていくところも目撃していた。それから徐々に、亜矢は元気を取り戻し始めている。


 本心は、神木と亜矢が元どおりになることを望んでいるのだが、自分が勝手に間に入ってしまうのは、余計なお世話というやつだろう。擦れ違ってしまった二人の関係を修復してあげたいと願いながら、最近は白藤に任せてみるのも一つの策なのではと思い始めていた。


「誠……本当にこのままで良いのか?」


 その場にいない神木に向けて、陽太は小さく呟いた。

 その声は儚く、空気の中に溶け込んでいった。





  ◇◇◇  ◇◇◇






 次の日の朝、陽太と暉は予定どおり出かけていき、屋敷の中でわたしは一人になってしまった。実質的には一人ではないが、メイドたちは自分の仕事で慌ただしく走り回り、話し相手にはなってくれなさそうだ。

 学校が休みだというのに、これといった予定もなく、わたしはしばし考え込む。


「……何しようかな? 奏に連絡して遊ぼうかな?」


 友達と過ごせば、変に考え込むこともない。それより何より、白藤とあまり二人きりにもなりたくなかった。


 特に“嫌”という訳ではない。むしろ、感謝の気持ちが強い。


 夜に神木のことで落ち込みそうになると、タイミングよく現れ、あのお気に入りのハーブティを持ってきてくれる。

 それも毎晩だ。

 白藤の気遣いに救われたのは確かな事実。あれだけ笑うのが辛く、苦しかったのに、最近は徐々にそれも落ち着き始めていた。食欲も戻ったし、眠れない夜を過ごすこともない。心の傷は、時間が解決してくれると考える人がいるけれど、わたしはそうじゃないと思った。


 誰かの手助けや支えがあってこそ、人はまた立ち上がれる。

 だから、白藤の優しさには“ありがとう”という気持ちでいっぱいだ。


(……でも、まだ二人きりになるのは)


 まさかキスされ、告白された相手と普段どおりに接することができるほど、わたしは大人ではない。


(奏に連絡してみよう……あ、その前に)


 出かける時は必ず白藤に承諾を得てからと、陽太からきつく言われたことを思い出す。


「白藤さんに報告はしなきゃ」


 自室から出て白藤の姿を探すも、こういう時に限って見つけられない。また誰かに聞こうかと考えながら中庭へと出てきた瞬間、嗅ぎ慣れない匂いに気がついた。


(……これって、煙草?)


 煙草を吸う人なんて、屋敷の誰かにいただろうかと、匂いが濃くなる方へと歩み寄る。歩いていくと、木の影から白い煙が立ち上るのが見えた。

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