memorys,45
気が付けば、夏休みも残り1日。
初めての家族旅行にも行け、満喫した日々を過ごせたと思う。けど、休みが終わると思うと、何かやり残していないかと不安になった。
(課題も終わってるし……あとは別にないよね)
朝食を食べながら、ふっとテレビに目を向ける。
今人気の映画ランキングをアナウンサーが感想なんかを交えながら紹介していた。
(映画か……)
考えてみれば、神木さんと恋人にはなったが、デートらしいことを一度もしていない。出来れば一緒に映画なんかを観に行ったりしてはみたいけど、仕事があるから急な誘いは難しいだろう。
(誘うだけ誘って……駄目ならひとりで買い物にいこう)
聞いてみて損はないと思い直し、気合いを入れるために小さくガッツポーズをする。
「よし、駄目元で誘ってみようかなっ」
わたしは朝食を済ませ、そのまま神木さんの姿を探しに行った。
執務室と書かれたドアの前に立つ。
(そういえば、執務室って入ったことないな)
屋敷内を少し捜索したが神木さんが見当たらず、とりあえずここへ来てみたのだが、入ったことのない部屋を前になんだか緊張してきた。いや、この緊張感はきっと“デート”が頭をちらついているせいが大きいかもしれない。
(女からデートに誘うってアリかな? いや、今はそんなの気にしないよね)
余計な考えばかりが溢れてきそうで、わたしはそれを振り払うかのように首を振った。
「よし!」
掛け声とともに、ノックを数回する。
「はい」
返事があり、わたしはそっと扉を開いた。声で神木さんではないのには気付いたが、ノックした以上はもう引き下がるわけにはいかない。
「おはようございます……」
「なんだ、亜矢か」
わたしだと分かった瞬間、執事顔をあっさり放り投げた白藤さんが相変わらずな口調で出迎えた。
「どうした?って……ああー、聞かなくても分かるわ。どうせ神木だろ」
「そう、だけど」
「やっぱりな。けど、残念……今日は休みだぞ」
「えっ」
わたしの顔を見て小さく笑う。
「知らなかったか? 今日は誰かと会う約束があるって、今支度しに別館に行ったとこだよ」
「そうなんだ」
白藤さんに反応を見られるのが嫌で、直ぐ様ドアの方に向き直った。
「なら、お邪魔しましたっ」
「おい、待てって」
部屋を出ていこうとドアを数センチ開くと、肩に手が置かれ、少しだけ引き寄せられる。
「神木に用事か? それとも、何かあったのか?」
「大したことじゃないよ。ただ、買い物に……」
口にして、瞬時に手で覆う。
(神木さんを誘いに来たのバレバレだっ)
絶対に笑われると覚悟したが、なぜか聞こえてきたのは溜め息だった。
「ひとりで行く気か?」
「……うん」
神木さんが駄目だった時は、仕方なくひとりで行くつもりではあったため、素直にそこは頷きみせる。すると、白藤さんがわたしの顔の前に手を広げた。
「いいか、ここで5分待ってろ」
「え? なんで?」
「俺が着いていく」
意外な申し出に唖然と相手を見つめる。
「いいよ! 仕事中なのに、悪いからっ」
「お前、馬鹿か?」
「ばっ、馬鹿って」
反論しようと口を開けると、広げられた手のひらは形を変え、わたしを指差す。
「これ、仕事で言ってるだけだからな。あくまで執事として、お嬢様が危ない目に合わないようにボディーガードも兼ねて付き添うだけだ! もう少し、自分が“お嬢様”だって自覚した方がいいぞ?」
「……すいません」
「だから、待ってろ? 分かったか?」
妙に真剣な顔で言ってきた白藤さんに、もう反論の言葉は出なかった。
「なら、お願っ……」
付き添いと思えばいいかと頭を下げたと同時に、後ろのドアが勢いよく開け放たれる。驚き振り返ると、慌てた顔で入ってきた神木さんと目があった。
「あれ、神木さん?」
私服姿の神木さんに一瞬だけ見惚れてしまう。そんなわたしの手を強引に引っ張り、自分の背中へと隠してしまった。
(え?)
これはまるで、白藤さんから遠ざけたみたいだ。
(まさか……ね?)
恐る恐るふたりの顔を覗くと笑顔でありながら、ただならぬ雰囲気が漂う。
その“まさか”だったようです。
「白藤さん、せっかくのお心遣い感謝いたしますが、付き添いはわたくしが致しますので結構です」
「人に会うと仰っていたので代わりにと思ったのですが……余計なお世話だったようですね」
嫌味を籠めた台詞を言う白藤さんに対し、執事スマイルを崩すことなく神木さんは冷静な口調で返す。
「それはついでのようなものですので問題ありません。お手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした……白藤さんは通常通りの業務をお願いいたします」
「畏まりました」
「それでは失礼いたします」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
笑顔でこちらを見た白藤さんに“行ってきます”と告げると、急かすように手を引かれる。
「行きましょうか」
「は、はいっ」
そのままわたしは連れられ、神木さんの車に乗り込んだ。
「ごめん、強引に連れ出して」
助手席に座ったわたしにシートベルトを掛けながら、申し訳なさそうな顔をして言う。
「わたし、神木さんと出掛けたくて誘いに行ったから……すごく嬉しいよ」
「俺も……一度、執事室に寄って正解だった」
至近距離ではにかむ神木さんに、胸がきゅっとなった。
「あ、でも……わたしが着いてきて大丈夫? 誰かと会う約束なんじゃ」
「大した用事じゃないから気にしなくていいよ。その人とは一時間ぐらい話して終わるから……残りの時間はずっと亜矢と居られるから」
そう言って、運転席に座る神木さんをまじまじ見つめる。
駄目元で誘いに行ったつもりの“デート”があっさり実現することに、気分は最高潮に達していた。