memorys,04
朝比奈財閥、全世界のファッション業界でその名を知らないものはいない。
最近では結婚ブライダルに力を入れ始めたと、雑誌が取り上げていたのを目にした記憶がある。そんな凄い企業が父のドレスを気に入っただけでも十分すごい事だ。
その上、朝比奈財閥のご令嬢が父と再婚なんて、最早“奇跡”と言っても過言ではない。
無意識に、わたしは溜め息を零した。
ミラー越しに映る“執事”を未だに信じ難いという眼差しで見つめる。
「お嬢様、到着致しました」
「あっ、はい!」
リムジンに乗せられ、辿り着いたのは大きな両扉の玄関。綺麗に絵柄が掘られた木製の扉でさえ、豪華に映ってしまう。
「そういえば、涼華さんはもう居るんですか?」
「いえ、奥様も本日出勤され……旦那様と一緒にご帰宅なさるそうです」
神木さんはそっと玄関の扉を開き、わたしを誘うようにエスコートする。
はじめて乗ったリムジンの広さに絶句して、門から家までの距離の長さに愕然として、もう驚くことはないと思っていた。しかし、中へ入った瞬間にまた意識が飛びそうになってしまう。
大理石の床にはワインレッドの絨毯が二階へ続く階段の上まで敷かれ、頭上には大きなシャンデリアが光輝く。壁には有名な絵画、所々に置かれたオシャレなオブジェ。
「やっぱり……中も豪華なんですね」
もう驚き過ぎて、逆に冷静になってきてしまった。免疫力というのは案外すごい。
「お嬢様のお部屋にご案内いたしますね。そちらで少しお休みください」
「ありがとうございます」
休めるのは有り難いと思うも、中がこれほど豪華だと、自分の部屋は一体どんなことになっているのかと不安になった。
二階へ上がり、また長い廊下が続く。
(一体、何部屋あるんだろう?)
そんな事を考えていると、神木さんの足が止まる。
「お嬢様、こちらになります」
そっと優しく開かれたドアの向こうに広がる光景に、わたしはさっきまでの不安が吹き飛ぶぐらいの感動を覚えた。
「わぁっ……」
壁は純白の白、天井は空を思わせる淡い青。机とベッドもオシャレでありつつ、落ち着いた雰囲気のデザイン。窓も大きく、緑溢れる景色が一望できた。
もっとメルヘンチックな部屋を想像していたが、その空間だけはわたしの目を輝かせた。
「お気に召して頂けましたでしょうか?」
「はい、とても……」
「それは何よりです。旦那様がお嬢様は落ち着いたシンプルなお部屋が好みだと伺っておりましたので……勝手ながら、わたくしが家具などをご用意させて頂きました」
「神木さんが?」
「何か不備などございましたら、直ぐお申し付け下さい」
そう言って、爽やかな執事スマイルを浮かべる。
「神木さん、ありがとうございます。とっても気に入りましたっ」
この家へ来て初めて笑顔になった。
「お嬢様の笑顔はとても可愛らしいですね」
さらっと恥ずかしげもなく、とんでもない発言をされ、自分の顔が一気に火照っていくのが分かる。
「かっ、可愛らしいなんて……大袈裟ですよ!」
「先ほどはあまり優れない表情でしたので心配致しましたが……笑顔が見れて安心しました」
初対面の人を心配させてしまった。急に申し訳なくなり、さっきまでの自分を反省する。
「すみません……実は、すごく不安だったんです。ほら、わたし“庶民”だし、こんな豪華な所は場違いなんじゃないかって」
神木さんは何も言わず、真剣な眼差しをわたしに向けた。
「今も不安な事の方が多いし、兄弟たちと会うのも緊張してるけど……家族が出来て本当はすごく嬉しいんです」
もう色褪せて浮かぶ、母の居た記憶。
「お母さんが亡くなってから、お父さんはわたしが淋しくないようにいろいろしてくれたけど……本当は憧れてたんです。家に帰れば“おかえり”って出迎えてくれる人の居る家」
お父さんには、そんなこと言えなかった。
お母さんが亡くなって一番辛かったのは、お父さんだと知っていたから。
「新しい家族と直ぐに馴染むのって難しいと思うけど……これからは“ただいま”って言える人が必ず側にいる、それだけで十分わたしは幸せなんです」
そうだ。憧れが現実になっただけで十分わたしは幸せ者なんだ。どんな人がお父さんの再婚相手だったとしても、どれだけ自分の環境が変わろうとも、“家族”が出来たことには変わりはない。
「それなのに暗い顔なんかして、神木さんに心配かけてすみませんでした」
もう一度謝罪し、頭を下げようとしかけた時、すらっと長い指が優しく下を向くことを制止した。いきなり顎に当てられた指先に、わたしは変な緊張感を覚える。
「執事のわたくしに頭を下げる必要などございません。お嬢様の不安……全て、この神木が承りました」
「え?」
神木さんの言葉に、視線をようやく相手の方へ移す。吸い込まれそうな澄んだ瞳をし、柔らかな笑みを浮かべる神木さんに、一瞬胸が高鳴った。
「お嬢様がいち早くご子息たちと打ち解けられ、笑顔で過ごすことができるよう……わたくしが全力でお嬢様のお力になる事をお約束いたします」
「神木さんが?」
「はい。お嬢様が望むのであれば……それでも、よろしいでしょうか?」
逆に問われてしまい、言葉に迷う。
「えっと……あの、よろしくお願いいたします」
神木さんの口調が思わず移ってしまった。それぐらいに、わたしは何故か動揺していた。
「畏まりました」
顎の指が離され、神木さんは涼しげに微笑む。慌ただしい音を立てる鼓動を変に思いながらも、わたしは彼の存在を心強く感じた。
次回から兄弟登場!