memorys,38
『お前が変わってなくて……変わらないお前と再会出来て嬉しいよ』
それは、どういう意味なのだろうか?
疑問を口にしようとしたが、急激な眩暈が襲い掛かり視界が一瞬にしてぼやけた。
「おいっ」
わたしの異変に気付いた白藤さんの声が届くも、視界は歪み、体勢が維持できないほどのふらつきに声がでない。ついには膝に力が入らなくなり、ガクンと体が砂浜へと傾いていった時だった。
「亜矢っ!!」
倒れる寸前に、白藤さんが支え込む。
「どうしたっ!?」
「ん……大丈夫」
なんとか体勢を立て直し立ち上がるも、体が思うように動かなかった。
「どこが大丈夫だよ! ずっと無理してたのか? 待ってろ、今医者呼んでやるからっ」
「呼ばなくていいっ」
「馬鹿か、お前は! なんでだよっ!?」
声を荒らげる白藤さんになんとか笑顔を向ける。
「ただの寝不足だから……みんなにも言わなくていいよ。変に大騒ぎしちゃうから」
「いや、でもな」
「せっかくの家族旅行なのに心配掛けたくないの……ね? わたしなら大丈夫だから」
わたしがこれ以上言っても言うことを聞かないと思ったのか、観念したように肩の力を抜く。
「一先ず座れ」
砂浜に座らすと、深い溜め息を漏らした。
「馬鹿は変わらないな……自分が辛い時も他人の心配かよ」
「他人じゃないって」
力なく言い返すと、少しひんやりした手が両頬を包み込む。
「……お前なら良かったのに」
(白藤さん?)
まだ霞む視界の中に、なぜか辛そうにする白藤さんの顔がぼんやりと映った。
「はじめからお前に仕えていたら、俺はもっと違ってたかもしれないのにな……」
何だか痛々しいと思えるその声に、わたしは途切れながらも答える。
「白藤さんも……変わらないね。あの時も、そして今も辛そうな顔してる……一回しか会ってないから、白藤さんがどんな人なのか、どんな経験をしてきたのか……わたしには分からない」
それでも、会えたからには笑顔でいてほしい。例え、自分が嫌われていたとしてもだ。
「けどね、こうやって再会できたなら……ちゃんと意味があると思うの。辛いことがあったなら、またあの家でやり直せばいいよ……だって、家族でしょ?」
「お前……ほんとアホだな」
いつものように、ひねくれた言葉と笑みを浮かべる白藤さん。思わず怒りたくなったが、その言葉は言えないまま終わってしまう。
両頬を包んでいた手が背中に回され、力強く抱き寄せられてしまったせいだ。
「あのっ」
「お前はアホで馬鹿だ……けど、ありがとう」
耳元で囁くように発せられる声は、ひねくれた顔には似合わないほどの優しい響きを醸し出す。
「ずっと、俺はお前を望んでたんだ」
(白藤さん?)
いきなりの状況変化に頭がついていけず、その言葉の意味すら理解できなかった。
すると、微かに笑みを漏らす声が届く。
「でっ?」
体を離したと同時に、真顔に戻った白藤さんがわたしを見据える。
「え?」
「“え?”じゃなくて、症状は? 場合によっては病院だからな」
「えっと、眩暈と頭痛かな?」
「軽い時差ボケも入ってるかもな。ほら、手貸すから……部屋に戻ってさっさと寝ろ」
「……はい」
嫌われているとばかり思っていたけど、今はそんな素振りが全くない。
差し伸べられた手を取り、支えられながら立ち上がると、真顔だった白藤さんがふっと笑みを零す。
「部屋まで連れていくから」
(……なんか調子が狂うな)
つい最近“セクハラ発言”した人が“あお兄”というのも信じがたいが、こうも態度を変えられると違和感しかなかった。
別荘に到着し、玄関へ入った瞬間、神木さんの顔が目に飛び込む。
「亜矢様?」
今頃、みんなと遊んでいると思っていた筈のわたしが現れ、かなり驚いたようだ。いや、きっと白藤さんと一緒に来たことの方が意外だったのかもしれない。
「どうされました?」
「神木さん、実はっ」
状況を説明するべく神木さんへ駆け寄ろうとしかけた矢先、白藤さんの腕が肩へ回され、強引に引き戻されてしまった。
「お嬢様は馬鹿でいらっしゃいますか?」
さっきの穏やかさを取り戻した顔は綺麗さっぱり消え去り、眉間に皺を寄せながらわたしを睨む。そんなわたしと白藤さんを目の当たりにした神木さんの表情が僅かに強張った。
白藤さんは視線をわたしから神木さんへと移す。
「すみませんが、お嬢様が時差ボケを起こしてしまっているので部屋で休ませます。さっき眩暈を起こして倒れかけたので、フラフラしないよう見張りますんで……あとの事よろしくお願いいたします」
「……なにか、お手伝いいたしましょうか?」
若干動揺を滲ませたものの、神木さんは執事スマイルを向けた。そんな相手を前に、白藤さんはどこか冷たくあしらうように言い返す。
「お嬢様のお世話係はわたしの仕事ですので、神木さんはどうか自分の仕事をなさってください」
“失礼します”とお辞儀すると、わたしの肩を掴んだまま歩き出した。
「えっ、ちょっ」
「さっさと行くぞ」
横を通り過ぎる寸前に神木さんと目が合うも、直ぐに視線は逸らされてしまった。
(どういうつもりっ!?)
ころころと態度を変化させる白藤さんを凝視するも、目すら合わせない。何かに苛立つような顔で黙ったままだった。
自分に何か言いたそうに訴える亜矢の視線を見ていながら、なんにも出来ない歯痒さに手を握る。
「……彼となにか」
「ほう、同じ質問を俺からもしようか?」
玄関先から掛けられた声に、焦るように顔を上げる。いつの間にか戻ってきた陽太が引きつり笑顔を浮かべ、神木を見据えていた。
「おかえりなさいませ、陽太様。どうかなさったんですか?」
「どうかなさったんですか、じゃない。神木……俺の部屋でゆっくり説明してもらうからな」
肩をポンッとたたき、怖いくらいの笑顔を見せた陽太に神木は黙って頷くしかできなかった。