memorys,32
オムライスに、スープとサラダ。色鮮やかな料理が小さな座卓並べられる。
「ごめんなさい……結局、神木さんに作らせちゃいましたね」
自分がやったと言えば、サラダぐらいだ。
「そんな事ありませんよ」
「代わりに明日の朝ごはんは全部わたしがやりますからっ」
そう宣言して、改めて気が付く。
朝までふたりなんだという現実。急にまた焦りに似たものが体に沸き上がってきた。
(どうしよう……なに話していいか分からなくなってきた)
“いただきます”とふたりで言い、同時にオムライスを口にする。
「……美味しい」
半熟の卵に包まれたケチャップライス。ごく普通のオムライスの筈なのに、お店で食べるよりもはるかに美味しく感じた。
「それは良かったです。最近はオムライスなんて作ることが無くなりましたから……喜んでもらえたなら作った甲斐がありました」
「今度作り方教えてください! このケチャップライスも何か隠し味がありますよねっ……卵もふわふわだし、ソースも卵にすごく合ってて」
さっきの緊張感をすっかり忘れて話していると、目を細めて頬笑む神木さんと目が合う。噎せそうになり、側に置いてあったお茶で焦り流し込んだ。
「わたし、また変なことしました?」
「違います。やっとお嬢様が嬉しそうにしているのが見られて安堵していたんです」
徐にスプーンを置くと、少し真面目な顔をする。
「この前のことでお嬢様に嫌われてしまったかと思いまして」
それはきっと、神木さんの部屋であった“あの時”の事を示していた。もしかしたら、神木さんもあれを気にして、距離を開けていたのだろうか。
「嫌うなんて……そもそもあれは、わたしのせいですから気にしてないですよ」
「良かった」
ホッとしたような顔をする神木さんの言葉に敬語が消されていた。それは素の神木さんで、その言葉が本心なのだと分かる。
不意に白藤さんの言葉が浮かんだ。
(神木さんは演技するような人じゃないもん)
だけど、この優しさには“意味”など決してない。わたしの想う気持ちは、神木さんを困らせるだけの余計な感情に過ぎない。
そっと胸にしまっておこう。
そして“家族”として接していこうと固く誓い、わたしは食べ掛けのオムライスにスプーンを向けた。
夕食も済ませ、暖かいお茶を飲みながら静かな一時を過ごす。時計の針は7時を回っていた。
「そう言えば聞いたことはありませんでしたが、お母様はどんな方だったんですか?」
「お母さんですか? あまり覚えてないんですけど……とにかく、いつも笑顔で優しかったかな。わたし、すごい泣き虫で……よくお母さんが口癖みたいに言ってた言葉があるんです」
「言葉ですか?」
「笑顔で乗り切れば、大きな幸せになって返ってくるって……だからわたし、どんな時でも笑顔でいようって思えたんです」
「素晴らしいお母様ですね」
「はいっ」
返事を返すと静けさが訪れ、時計の針がやけに耳に響いてくる。そんな沈黙に堪えきれず、わたしはその場から立ち上がった。
「そうだ、お風呂どうしますか? 着替えならお父さんの服がまだあると思うんですけど……探してきますねっ」
「シャワーで大丈夫ですよ。着替えも気にしなくて良いですから……お嬢様はゆっくり過ごされてください」
「あ、ありがとうございます……」
そして、また座ったはいいが流れる静寂さに落ち着かない。何か場を凌ぐ方法はないかと考えていると、壁際に積まれた段ボール箱に目がいく。引っ越しの際に出た処分するものを詰め込んだものだった。
「そうだ」
「どうか致しましたか?」
「いえ、小さい頃に作ったビーズのアクセサリーとか捨てる前にもう一度見ておこうかなって……小学生の頃のだから、今見たら面白そうで」
「わたくしも拝見してよろしいですか?」
「はい、もちろんです」
四角形のやや大きめな箱を段ボール箱から取り出し、神木さんの隣で蓋を開ける。そこには数えきれない程のビーズアクセサリーが詰め込まれていた。
「すごいですね……どれも可愛らしいです」
「全然へたくそですけどね。自分やお父さんのお守りがわりにいろいろ作ってて、気付いたらこんな量になっちゃいました」
ほとんどがブレスレットで、自分や父のイニシャルが入ったものもある。
「なんか元気のない人とか見掛けると、つい作ってあげちゃったりして……その人に笑顔でいてほしいなぁって」
「お嬢様の優しさはお母様譲りなのですね」
そう笑顔で言われ、また照れ臭さにブレスレットへと目を向けた。
不意に、ひとつのブレスレットが目に入る。それはだいぶ古いようで、ふたつのイニシャルのうちひとつは色が剥がれてしまっていた。
分かるイニシャルはひとつだけ。
“O”のアルファベットに頭を傾げた。
「わたしの知り合いに“O”のつく人いたかな?」
「昔のお友達では?」
「んー、もうひとつのイニシャルが分かれば思い出せると思うんですけど」
しかし、剥がれてしまっているために確認する方法はない。
(前に頭に浮かんだ男の子かな?)
「よく病院でいろんな方に渡されていたと言ってましたよね? もしかしたら、その中の誰かかもしれませんよ?」
「そうかもしれないですね。渡しそびれて片付けちゃったのかも……」
わたしは深く考えずに、それを箱の中へと戻した。
「これは捨ててしまってよろしいのですか?」
「いいんです。持っててもしょうがないんで……それに、今度は新しい家族との思い出が増えますから」
そう答えて、箱を手に立ち上がる。また段ボールの前へと移動しながら、わたしは後ろにいる神木さんに話し掛けた。
「あっ、神木さん……お父さんの部屋に布団敷くんで、そこで寝てください。狭いかもしれませんが、さっき掃除はしたので汚くは……ない……と」
段ボールの中に箱を仕舞い込んでいると、背後に気配を感じる。気のせいではない。後ろから伸びた手が、段ボールの蓋をそっと閉じた。
神木さんが直ぐ近くに立っている。
そう思ったら、振り向く事が出来なかった。