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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第2章『執事は演じてます!』
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memorys,31

 どうして、こうなってしまったんだろうか?


「お嬢様、玉葱はわたくしが切りますね」


「あ、じゃあ……お願いします」


 疑問ばかりが頭に浮かぶ。

 ここは前にわたしが暮らしていた家だ。


 そこでなぜか、わたしは神木さんと肩を並べ夕食を作っている。もちろん、ふたり分の量だ。


(この状況はなにっ!?)






 時は遡ること3時間前。


 どこかに電話を掛けた神木さんは、一度屋敷へとわたしを連れていく。そこから行き先も言わないまま車に乗せられ、到着したのがこの場所だったのだ。


「神木さん、なんで家に?」


 着いて直ぐに確認すると、神木さんはなんだか躊躇を示す。なぜかは、理由を聞いて直ぐに理解した。


「実はお嬢様が出掛けたあと直ぐに旦那様から連絡を頂いたんです。この家はだいぶ古い建物ですので、一度更地に戻してから新しい家に建て直すと大屋さんから旦那様に連絡があり……それで取り壊される前に一度、お嬢様をこの家へ連れていくように頼まれました」


「いつ……ですか?」


「今月末には解体工事が入るそうです」


「なら、もうすぐなくなっちゃうんですね」


 悲しい知らせに、わたしの顔からはますます笑顔が薄らぐ。


「今日はゆっくりこちらで過ごして、一緒にお母様のお墓参りを致しましょう」


 一日では足りたい。ここでの思い出は数えきれないほどだ。それに別れを告げるには、数時間という時間はあまりにも短かった。


 もう午後3時を回っている。


 わたしは今も尚、記憶が色濃く残る家を見つめながら神木さんに言った。


「あの、お願いがあります。わたし……今日ここに泊まりたいんですけど、駄目ですか?」


 返事の代わりに、驚きから声を漏らすのが聞こえた。


「神木さんは帰って大丈夫ですから。お父さんにはわたしから話しますね」


 駄目だと言われても、今日だけは我が儘を言わせてほしい。


 神木さんと目を合わせることなく、わたしは玄関扉へと手を伸ばした。


「ならっ」


 背中に神木さんの声が響く。


「わたくしも泊まります」


 その発言に、焦り振り返った。そこで目が合うと、なんだか嬉しそうな顔で相手が微笑む。


「お嬢様をひとりにする訳にはまいりません。それに初めて頼み事をしてくださって嬉しいです」


「え?」


「お嬢様は少し、我が儘なくらいがいいです」


 いつになく笑顔が眩しくて、また恥ずかしさから目線を下げた。


「気持ちは嬉しいんですけど……」


 さっきの白藤さんのやり取りの事や気づいてしまった自分の気持ちの事もあって、今はひとりで考えたい。そう思っていた。


 ましてや、神木さんとふたりきりなんて、今の自分にはどう対応していいのか正直困る。


「あの、全然ひとりで平気ですっ……神木さんだって忙しいんですから無理しないでください」


 なんとか帰ってもらえるように笑顔を作ったのだが、神木さんはわたしの手をまた握り締めた。離したくないと言わんばかりに、その手に力が僅かに籠る。


「これはわたくしの我が儘にございますから、無理など一切しているつもりはございません」


 きっぱり言われ、断る理由がなくなってしまった。どう返事を返せばいいのか困り果てていると、軽く手を引かれる。


「え、あの」


「泊まるなら、今日の夕食の買い物へ行きましょう。まだ電気も水道も使える筈ですので……今日はお嬢様の好きなものをなんでも作りますから、リクエスト考えて下さいね」


「ちょっ……神木さんっ」


 手を繋いだ状態で、店が集まる商店街の方向を目指し歩き始めてしまった。いつになく強引な神木さんに戸惑いながら、わたしは黙って着いていくことを選択する。


 今日は特別に甘やかされてる気がして、拒む理由などわたしにはなかった。




 こうして商店街で買い物をし、帰ってきてから掃除なんかもしたりしてあっという間に時間は過ぎ去り今に至る。


「そうだ、お父さんに連絡してなかった!」


 フライパンを棚から取り出した直後、慌てたようにテーブルに置いてあったスマホに手を伸ばす。


「連絡なら、わたくしがしましたので大丈夫ですよ」


「えっ! お父さん、泊まるの反対しなかったんですか?」


「ええ、旦那様もお嬢様が泊まると言い出すのを察していらっしゃったみたいです」


 いや、そっちの意味じゃなかったんだけど……と、わたしはスマホを眺める。


(男の人とふたりでお泊まりなんて普通反対するものなんじゃ)


 神木さんがうまく言ったのか、それとも信頼されているからなのかは分からないが、すんなりオッケーが出てしまうとは予想していなかった。


 もう、こうなったら諦めて家に詰まった思い出で頭をいっぱいにしてしまおう。


 それなら、神木さんの事をいちいち気にしなくて済むはずだ。


 頭を切り替え、わたしは買ってきた卵を割り、ボールの中で程よく掻き回していく。


「お嬢様は手付きがいいですね……ここでは毎日作られていたんですか?」


「はい。お父さんが料理するとひどいんで、わたしがいつも作ってました」


「なら、お屋敷でもたまに作ってください。奥様やご兄弟のみな様もお嬢様の手料理ならきっと喜びます」


「本当ですか? それなら嬉しいな」


 あのテストの時にした“お願い”のおかげで、キッチンを貸してもらえるようにはなったのだが、使う機会を逃しっぱなしだった。だからか、久々に作る料理になんだか心が和む。


「たまに我が儘も悪くはありませんね……そのおかげで得をしました」


「得?」


 神木さんが得をすることなどあるだろうかと首を捻る。


「ええ、だってお嬢様の手料理を先に食べられるんです。きっと陽太様に知られたら嫉妬されそうですね」


「ほ、ほとんど神木さんに任せてるんですから手料理じゃないですよ!」


「けど、こうして一緒に食事を作れてわたくしは幸せですよ」


 その言葉にまた心臓が高鳴り始めた。


(気にしないようになんて、やっぱり無理だよ)


 いつも以上に近い距離。


 その緊張感のせいか、時間が経つのが妙に遅く感じた。

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