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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第1章『執事は家族です!』
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memorys,03

 そして、3月下旬。

 辺りで桜が咲き誇る中、わたしはあの豪邸の前に立っていた。


 新しい家族のためにと父が新居を建てたので、そこへ訪れたまではよかったのだが、何かの手違いだろうか。想像していた家とはだいぶかけ離れていた。


 極々普通の2階建てで、小さいながらも庭なんかあるような、一般的な家。そういうのをずっと思い描いていた。しかし、想像と現実がここまで違うとは誰が予想できようか。


 今日は父が仕事のため、合流できるのは夕方だ。もうじき、引っ越し屋のトラックが来る時間でもあるから引き返す事も出来ない。わたしは悩むよりも、行動することを選択した。もし間違いだったとしたら、その時にまた考えればいい。


 自分の考えに整理をつけ、深く頷く。


 大きな門に近付き、リング状の取っ手へと手を差し述べた時だった。音もなく門が開きだし、あっという間にわたしの行く道を阻むものが無くなる。


 よく見ると、取っ手の隣に小さなレンズらしきものが光った。


(監視カメラ? 誰かが中で見てるの?)


 もしや、再婚相手の涼華(すずか)さんが先に来ていたのだろうか。


 先月、ようやく会わせてもらえた父の再婚相手は、とても綺麗でおしとやかな人だった。スタイルもよくて、身のこなしがとても上品で、お父さんには勿体ないくらい。話も面白くて、すぐに涼華さんとは打ち解ける事ができた。


「涼華さんが居るなら大丈夫だよねっ」


 わたしは真っ直ぐ前を見据えて歩き出す。


(きっと涼華さんもこんな新居で驚いただろうなぁ……一体何年ローンで買ったのかな?)


 金額を想像しただけで怖くなった。貧乏生活があまりにも長かったため、金銭感覚がそのままなのだ。


「お父さん、有名になったからって頑張りすぎじゃない?」


 第二の人生を謳歌したい気持ちも分かる。しかし、3人で住むには少し広過ぎはしないだろうか。


 いや、少しではない。“かなり”がつく。


 そんな事を考えながら噴水まで歩いて来た時、家の方から一台の車がこちらへ向かってくるのが見えた。またも、わたしの顔は驚愕なものへと変化する。


 自分の真横に止まった車。

 しかし、ただの車ではなかった。


 輝くほど磨かれ、その見た目通り高級感漂う白色のリムジン。初めて目にした高級車に怖じ気付いて、思わず後退りしてしまう。


「一体なに?」


 豪邸に、リムジンに、次は何が出てくるのかと恐怖に似た感情を抱きはじめたと同時に、運転席のドアがゆっくりと開かれた。びくっと、体が反射的に強張る。


 車から下り立った人物は、わたしの目の前に立つなり、丁寧にお辞儀をした。黒の燕尾服を纏い、襟元には赤色の細いリボンが蝶々結びされている。髪は清潔感ある黒髪のショート。目元もスッキリしていて、いかにも優しそうなイメージだ。


「あの……」


「亜矢様」


(“様”付け!?)


 いきなり名前を呼ばれたかと思うと、再度彼は深々と頭を下げる。


「お迎えが遅くなり、大変申し訳ございません」


「えっ!?」


 見ず知らずの男性に“様”付けにされた挙げ句、謝罪され、自分の置かれた状況がますます分からなくなってしまった。


「あの……頭を上げて下さい! なにか勘違いをされてるんじゃ」


「いえ、勘違いなどではございません」


 わたしの言葉を丁寧に否定する。


「申し遅れました。わたくし、執事の神木(かみき) (まこと)と申します。本日よりお嬢様、旦那様にお仕え致しますので、どうぞよろしくお願い致します」


挿絵(By みてみん)


 爽やかな笑顔を向ける“執事”さん。


(お父さん……これはなんの冗談?)


 頭の中は真っ白で、何も考えられない。


「お嬢様? 大丈夫でございますか?」


 そっと背中を支えてくれた神木さんの顔をまるで他人事のように見つめる。あまりにも把握しきれない状況下に、わたしの思考は現実逃避し始めていた。


「お疲れのようですね……中で休みましょう。まだご兄弟も帰宅してはおりませんので、その間は自室でゆっくりなさって下さい」


「ありがとう……ございます」


 車へと誘導される途中で、わたしはふっと我に返る。


「あの、質問してもいいですか?」


「はい。わたくしがお答えできる範囲でしたらなんでも」


「今……兄弟って言いましたよね?」


「はい」


「誰の……ですか?」


 神木さんが少し不思議そうな表情でわたしを見つめた。しかし、また完璧な笑顔をつくる。


朝比奈(あさひな) 涼華様のご子息でございます」


「涼華さん、子供がいたんですかっ!?」


「ええ、ふたりおられますが……ご存知ありませんでしたか?」


「はい……」


 わたしの驚きように、しまったという表情を浮かべた。


「申し訳ございません。もしや、涼華様のサプライズだったのかもしれません……大変失礼致しました」


「サプライズって……」


 いや、これは涼華さんの仕業ではないと、直感的に感じる。


「お父さんだ」


 わたしは溜め息を付き、項垂れる。こんな子供っぽいサプライズを目論むのは父しか居ない。


「旦那様のサプライズでしたか……申し訳ございませんでした。わたくしの確認不足でございます」


「いえ、あなたが悪いわけでは」


 父に昔よく兄弟がいたら良かったと言っていた時期があった。まさか、それをサプライズされるとは思ってもみない。


「もうひとつ……いいですか?」


「はい、構いませんよ」


「涼華さんって何者なんですか?」


 兄弟のことは父だったと分かるが、こんな家や車に執事という大胆なサプライズは父らしくないと今さら実感した。そして、神木さんは涼しげな顔をして答える。


「涼華様はわたくしの祖父の代からお仕え申しております、朝比奈財閥のご令嬢にございます」


「ご令嬢……ですか」


 涼華さんの優雅な立ち振舞いや気品。今思えば、お嬢様のような雰囲気だった。


 よりによって“朝比奈財閥”のご令嬢をお嫁にもらうなんて、しかも兄弟までいるなんて、なんにも知らなかった。


「お嬢様?」


「いえ、少し休みたいです」


 とんでもない生活がはじまる。

 わたしは唐突にそれを悟ったのだった。

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