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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第2章『執事は演じてます!』
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memorys,29

 新しい家に来て4ヶ月。

 季節は夏、待ちに待った夏休み。


 だが、わたしの口からは幾度となく溜め息が繰り返されていた。


 前であれば、バイトに明け暮れた毎日を過ごしていたのだが、お嬢様となってしまった今はそれは許されない。奏はモデルの仕事で夏休み中海外で過ごすらしく、遊びに行くような人は居なかった。


 今日は陽太さんも暉くんも出掛けてしまっているため、実質ひとりきり。気分を変えてテラスで課題をやるも、なかなかペンが進まなかった。


(何もする気が起きない……)


 あの出来事を境に神木さんとは妙な距離感が生じてしまい、あまり話していない。白藤さんのことも結局そのまま放置した状態になってしまった。


(このままじゃ駄目なのは分かってるんだけど)


 神木さんに関しては、どうすれば解決するのかさっぱり分からない。


「駄目だ! 家に引き籠ってたらおかしくなりそう……散歩にでも行って気分を変えようっ」


 テーブルに散らばったプリントを掻き集め、椅子から立ち上がった時だ。


「わたくしもご一緒してよろしいですか?」


「白藤さん……」


 どこで待機していたのかと思うほどタイミングよく白藤さんが現れ、にこやかな表情で続ける。


「お嬢様ひとりだけでは何かあっては大変ですので」


 未だに笑顔は嘘っぽく見えるも、セクハラ発言は一度きりだ。


(話も出来るいいチャンスかもしれないし……大丈夫かな?)


 それにひとりだと神木さんのことを考え込まずに済むかもしれない。


 そう思い直たわたしは白藤さんに笑顔を向けた。


「じゃ、よろしくお願いします」


「それでは準備ができ次第、玄関前に集合しましょう」


 なんの異変もなく、白藤さんはまた屋敷の中へと入っていく。


「やっぱりわたしの思い過ごしだったのかな……」


 神木さんを“家族”と思うように、白藤さんのことも受け入れてあげなきゃと再度決意したのだった。






 10分後、約束どおり玄関前にやってくる。


(まだ来てないか……)


「お待たせ致しました」


 背後から声が掛かり、何気なく振り返った。だけど、一瞬自分の目を疑う。


「し、白藤さん?」


 いつもしている眼鏡が消え、執事服から爽やかさ漂うラフな服装へと変化している。さっきまで見ていた人物とは全く別人と思えるほどの変身ぶりに、何度も目を(しばたた)き相手を確認した。


「ああ、すみません……執事服だと目立ってしまいますから、それだとお嬢様も落ち着かないかと思いまして」


 “眼鏡は伊達なんですよ”と微笑む白藤さんに、少しだけ安心感を抱く。


(わたしのこと気遣ってわざわざ着替えてくれたんだ)


 そんなに悪い人じゃなかったのかもしれない。


「では、参りましょうか」


「はいっ」


 疑いの心を取り払い、わたしは白藤さんの後を追うように駆け足で玄関を後にした。



 ふたりが門へ向かう姿を黙ったまま見つめる神木は、小さく溜め息を漏らす。


「……何もないならいいけど」


 そんな時、神木の携帯が振動とともに鳴り響く。


「はい、神木です……はい……畏まりました。ではお嬢様にお伝え致します」


 会話を終え、また窓へと視線を向けるも、ふたりの姿はそこにはなかった。さっきから嫌な胸騒ぎばかりを感じ、思うように仕事が手に付かない。


 神木は誰も居なくなった門を暫く見つめた後、意を決したように歩き出した。




 ◇◇◇ ◇◇◇



 30分ほど道なりに進むと、わたしと白藤さんは大きな川の流れる道へと辿り着く。


「わぁ、眺めがいいですね!」


 青々とした芝生が広がり、穏やかな川のせせらぎが聞こえてくる。


「少し休憩致しましょうか……何か飲み物を買ってきますね」


「ありがとうございます」


 わたしは川が近くで見渡せる場所に腰掛けた。照り付ける日差しは、道沿いに何本も並ぶ銀杏の木によってうまく遮られている。たまに吹き抜ける風が心地よく、開放的な気分から思わず両手を上げて伸びをした。


「やっぱり外は気持ちいいな」


「そうだろうな」


 不意に返された言葉に目を移すと、目の前に缶のジュースを差し出す白藤さんが微笑んでいる。けどそれは、先程まで見せていた“執事”の笑顔ではなく、あの初日に見せた嫌な笑みだった。


「庶民出には()()の生活は窮屈だろ」


「―――え?」


 急変した相手の態度に、さっきまでの居心地良かった空間が消えてなくなる。自分の隣に座り、初日ともまた違う雰囲気を漂わせる白藤に躊躇いながらも言葉を投げた。


「それ、どういう意味ですか?」


「そのままの意味だ。今の生活でストレス溜まらないか? 今まで自由な暮らしをおくってきたお前が“お嬢様”ってだけで縛り付けられて、親の勝手でこうなったって腹も立つだろ?」


「なんで……そんなこと言うんですか?」


「なんとなく……ただ思っただけだ」


 小さく笑いながら、わたしの手にジュースを手渡し、自分の分に買ってきた缶珈琲の蓋を開ける。一口飲むと、目線をわたしから川の方へと向けた。


「何も知らない赤の他人と家族やるなんて……俺には堪えられないけどな」


 怖くて震えそうになる唇を噛み締め、相手に真剣な眼差しを向ける。


(ここで逃げたら駄目だ)


 再度、わたしは白藤さんと向き合う覚悟をした。

いよいよ、白藤さん始動(笑)

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