memorys,28
写真の中に映るのは、わたしも知る人物。
小学生ぐらいの頃の神木さんとお兄ちゃんだ。
(ふたりとも可愛いっ!!)
まるで兄弟のように仲良さそうに肩を組み、ピースサインを向けている。今のふたりには想像できないキラキラの笑顔に、なんだか自然と自分も笑顔になった。
(小さい頃から仲良かったんだ……)
「わたくしと陽太様は同じ学校の同級生なんです」
いきなり耳に響いた声に驚き振り向く。いつの間にかミルクティを淹れ終え、わたしの直ぐ側まで神木さんが立っていた。目が合いそうになり、慌てて視線を写真へと戻す。
「そ、そうだったんですか。知りませんでしたっ」
「とは言っても学校が同じだったのは中学まででしたけど……陽太様の亡き旦那様がわたくしの父にも良くしてくれて、幼い頃からよく朝比奈家に遊びに行かせて頂いていたんです」
「神木さんのお祖父さんの代から執事だったんですもんね……高校はやっぱり執事になる学校とか通うんですか?」
「“執事専門”の学校はありませんが、イギリスに養成学校があります。そこを卒業して、しばらくはイギリスのお屋敷で執事をしておりました」
神木さん自身の話を聞くのは初めてで、それを話してくれたのがなんだか喜ばしかった。けど、背中に感じる相手の温もりに未だに緊張感が解けない。時折、神木さんの頬がわたしの髪を掠める。これほど密着されては、身動きすることも、逃げることも出来ない。
(早くミルクティ飲んで帰りたいっ)
「執事になるのも大変なんですね……神木さん、勉強も出来るし凄いな」
「褒められるほど大したものではありませんよ」
「あ、神木さん今休憩時間なんですか? 邪魔してすいません……ミルクティ飲んで帰りますね」
なんとか横から抜け出るつもりが、それを止めるかのように肩へと手を乗せられた。相手の表情が見るに見れない状況に、またも心臓が激しく波打つ。
「あの……神木さん?」
「お帰りになる前に少しお嬢様に確認したいのですが」
さっきは穏やかな声だったのに、少しトーンが下げられた。低く耳に響く神木さんの声に、なんだか頭が熱を持ったように熱くなる。
「本当は、ここへいらっしゃったのは白藤さんと会うためではないですか?」
「えっ」
バレていた。
やはり“探検”なんて誤魔化しは、神木さんには直ぐに見破られてしまう。
「もしかして、白藤さんとなにか?」
どうしたらいい?
嘘はきっと見抜かれてしまう。
かと言って、白藤さんに“セクハラ発言”されたとも言いづらかった。
「心配ないですよ! 今は大丈夫ですからっ……」
なんとかその場から逃げ切るつもりで言ったのだが、一気に体を反転させられてしまう。そこには、怖いくらいに真剣な瞳を向ける神木さんの姿があった。
「“今は”という事は……最初に何かあったんですね?」
(まずいっ)
わたしは咄嗟に視線を逸らす。服同士が触れるほどの距離にまで詰め寄られ、後ろにはベッドと逃げ場をなくしてしまう。
「お嬢様、何か隠されているなら言ってください。白藤さんがいらしてから、少し元気もないように感じていました……何かあったのでしたら」
「大したことじゃありませんっ! 少しお互いに誤解というか……けど、本当に気にするほどのことじゃなくて」
「それが本当でしたら、わたしの目を見て頂けませんか?」
(無茶言わないでよ!)
恥ずかしさと気まずさから顔なんて上げられなかった。
「あのっ……わたし、戻ります!」
神木さんの手から逃れようと足を踏み出した矢先、神木さんの足に引っ掛かりバランスを崩す。瞬間的に目を閉じ、そのままの勢いで後ろのベッドへと倒れ込んだ。
(危なかった……)
後ろが床で無かった事に安堵しながら目を開ける。
その瞬間、呼吸が止まった。
わたしを支えようとした神木さんまでもが一緒にバランスを崩し、今は唇が触れそうな至近距離に顔がある。お互い何も言葉が発せず、息をする行為にすら行き着かない。
ベッドから香る神木さんのにおいに、直接体に伝わる熱に、目眩でも起こしたように頭がフワフワする。
「も……申し訳ございませんっ」
我に返ったように、神木さんが直ぐ様立ち上がった。やっと息をし出し、わたしも即座に起き上がる。
「わたしが倒れちゃったから……ごめんなさいっ……あの、わたし行きますねっ」
テーブルに置かれたミルクティを残し、急いで神木さんの部屋から飛び出した。
(やっぱり部屋に入るんじゃなかった!)
外廊下を走り抜け、本館の扉を開く。その勢いのまま自分の部屋へ向かう筈だったのに、突如探していた人物の声が届いた。
「別館にいらしたんですか?」
「白藤さんっ」
さっきの事もあり、なんだか白藤さんとも目が合わせづらい。
「姿が見えなかったので、何かあったのかと心配しておりました」
「ごめんなさい」
せっかく白藤さんと話す事を決めたのに、そんな気力すら今はなかった。
「お嬢様に何事もなかったのならいいのです。今からお茶の準備を致しますので、どうぞお部屋でお待ちになっていてください」
「あ、ありがとうございます!」
少し頭を下げ、わたしは急ぎ足で二階へ続く階段のある方へと進む。その後ろで、白藤さんが執事スマイルを消し、睨むような目付きでこちらを見ていたなど気付きもしなかった。
「所詮は同じか……馬鹿馬鹿しい」
少し下がり気味だった眼鏡の位置を直し、今度はふっと笑みを浮かべる。
「本当に、どいつもこいつも愚かだな」
そう呟いた白藤の目が、走り去った亜矢から別館へと移されていた。
白藤さんもじわじわ
絡みはじめて参りました!
次回もまたよろしくお願いいたします!