memorys,25
紺色の燕尾服に赤いネクタイという、明らかに“執事”スタイルの彼はゆっくりとした足取りでこちらへと近付く。
「驚かせてしまい、申し訳ございません。わたくし本日より九条家に仕えることとなりました……白藤 あおいと申します」
返事を待つことなく、彼の手が乱れたわたしの髪を掬い上げ、静かに耳に掛けた。
「ああ、やはり……」
なんだか、眼鏡越しに見える彼の目が怪しげな光を放つ。そして、嫌な笑みを浮かべた。
「お嬢様は耳を出された方が、より色っぽくなるのでは?」
(なっ……!!!?)
耳から手が離された瞬間に、わたしは逃れるように後退りする。
「これからよろしくお願い致します、お嬢様」
突如現れたセクハラ発言執事によって、穏やかな日常が音を立てて崩れ去ったように感じた。
夕食の時間、あの人は何食わぬ顔をしてお父さんの隣で笑顔する。
「みんな集まったことだから紹介するよ。彼は白藤 あおいくん……今日から家で働いてもらう事になったからよろしく頼むな」
「よろしくお願い致します」
わたしと会った時の不敵な笑みはそこにはなく、穏やかで優しい執事を演じていた。
(あの人、絶対に二重人格だ……)
「うちには神木さんが居るのに、急にどうしたんですか?」
陽太さんの指摘に、わたしは思わず強く頷く。
「実は最近、海外からの依頼が多くなってしまって……長期間海外へ行くことが増えそうなんだ。そういう時にサポート役で神木くんを連れていく事もあるからね。その時に備えてもうひとり雇うことにしたんだ」
「なるほど」
(お兄ちゃん、そこ簡単に納得しないでよ!)
口にしたいのに、言えないもどかしさにわたしは項垂れる。自分しか見ていない彼の本性を誰が信じるだろうか。
そんなわたしの心情など知らずに、涼華さんも笑顔で彼を褒め始めた。
「白藤さんとは昔パーティーで会ったことがあるんだけど、神木さん並みに優秀な執事なの。ちょうど白藤さんが別のお屋敷に移りたいって話を耳にしてスカウトしちゃった」
「そのように言って頂き光栄にございます」
(涼華さんまで騙されてる)
完璧な執事の仮面で素顔を隠す彼に、恐る恐る目を遣る。
(それにしても……なんで、わたしだけ?)
今日初めて会ったのに、ターゲットにされる理由など見当たらなかった。
「それでだ、亜矢っ」
急にお父さんに呼ばれ、慌てて目線を移す。
「なに?」
「まだ家に来たばかりだから、慣れるまでは亜矢のお世話中心に動いてもらうつもりだから」
「えっ!?」
(よりによって、なんでわたしなのっ!?)
驚き、咄嗟に白藤さんへと顔を戻してしまった。目が合うと、にっこりと執事スマイルを決め込む。
「お嬢様、よろしくお願い致します」
「は、はい」
神木さんもよくする執事スマイル。けど、白藤さんの笑顔は明らかに嘘っぽく映った。
これから先の事を考えると気が重くなり、無意識のうちに溜め息が漏れる。
「どうかしたのか?」
「え?」
横に座っていた陽太さんがわたしの異変に気付いたようで、心配そうな面持ちで覗き込む。
「顔色悪いぞ」
「そ、そんな事ないよっ」
「いかがなさいましたか?」
陽太の後ろにいた神木さんまでもが声を掛けてきて、慌てて首を振る。
「大丈夫っ、本当になんでもないから……ちょっと疲れただけだよ」
「なら、今日は早く休め」
「でしたら、寝る前に白藤さんに暖かい飲み物を持っていくように言っておきますね」
「神木さん、今飲みたいです! すぐ寝ちゃうんで、今すぐがいいですっ」
今は白藤さんとふたりきりで会うような事は避けたかった。余程必死なわたしに驚いたのか、陽太さんと神木さんが目を合わせ首を傾げる。
「か、神木さんの淹れてくれるミルクティが好きなんです」
「左様でしたか。では、今すぐお持ち致しますね」
「なら、それ飲んで寝るんだぞ。また倒れたら大変だから」
変に思われただろうかと不安だったが、なんとか隠し通せたようだ。
「うん、分かった」
「そうだ、神木……食後に珈琲を部屋へ持ってきてくれないか?」
「畏まりました。ではお嬢様、少々お待ち下さい」
「はい」
再び、白藤さんに視線を向ける。
(とりあえず、まだ会ったばかりだし……様子を見てみるしかないよね)
ここに来たばかりの時も初めからうまくいった訳ではない。白藤さんとも時間を掛ければ、みんなと同じ様に打ち解けるかもしれないと思い直した。
「お待たせ致しました」
目の前に、温かな湯気の立つミルクティが置かれる。
「ありがとうございます、神木さんっ」
神木さんの淹れるミルクティにホッと一息付き、わたしは冷静さを取り戻したのだった。
◇◇◇ ◇◇◇
夕食後、神木が陽太の部屋をノックし入る。
「陽太様、珈琲をお持ち致しました」
「悪いな、誠……わざわざ持ってこさせて」
書類から目線を外し、陽太は親しみを込めた笑みを神木に向けた。すると、神木もスッと執事の顔を消す。
「構わないよ。それより珍しいね……陽太が夜に珈琲なんて」
「いや、片付けたい仕事があったからな。けど珈琲を頼んだのは“ついで”だ」
「何か俺に話でも?」
机に珈琲を置いた神木に、陽太は真剣な目を眼差しを向けた。
「亜矢をなるべく“あの人”に近付けない方がいいかもしれない」
「あの人って、白藤さんの事か?」
「亜矢の様子が少しだけおかしかったんだ。俺の思い違いなら別にいい……とりあえず、暫くは気をつけて見てやってくれ」
「分かったよ」
「頼んだ」
「では、わたくしは仕事に戻らせて頂きます」
いつもの口調に戻った神木を見て、陽太は思わず笑い出す。
「切り換えが早いな」
「わたくしは執事ですので……では、失礼致します」
そう言って神木が部屋から出ていくと、陽太は珈琲に口を付ける。
「何も起きないといいけど……」
さっきまでの亜矢の様子を思い浮かべながら呟き、また書類に目を落とした。
白藤あおい、登場できた(*´∀`)♪
娘にはウザイ!と非難されてますが(笑)
わたしお気に入りキャラです♪
これからばんばん絡んでくるので
よろしくお願いします<(_ _*)>




