memorys,20
パーティー会場へ戻ると、またダンス曲が流れ始める。曲に合わせ、ペアを組んだ男女が軽快なステップを踏む中に涼華さんとお父さんの姿が見えた。
「わぁ、お父さん上手い」
いつもドレスばかり作っている姿しか見てこなかったわたしにとって、タキシード姿でダンスをする父の姿が新鮮に映る。まるで踊り慣れていたかのように、涼華さんをリードしている様子に感心した。
「いつの間に練習したんだろう?」
「とてもお上手ですね」
「わたしより上手で、なんだか悔しいな」
わたしのために飲み物を持ってきた神木さんが小さく微笑む。
「お嬢様も素晴らしかったですよ」
「見てたんですか?」
「はい、もちろん。わたくしと練習した時より見違える程で驚きました……ほら、周りを見てください」
神木さんが違う方向へ目を向ける。それを追っていくと、数名の男性がこちらをチラチラと窺い見つめていた。
「先程の暉様とのダンス姿を見て、お嬢様をダンスに誘いたい男性が増えましたね。わたくしが離れたらきっと囲まれてしまうと思いますが……」
「えっ、なら神木さん離れないで下さい!」
さっき囲まれてパニックになりそうになった事を思い出し、慌てて神木さんの服の裾を摘まむ。そんなわたしの姿を見て、なんだかおかしそうに笑い出す。
思えば、さっき神木さんとは目が合っていた筈だ。わたしが困っていたのを知らないなんて有り得ない。
「神木さん……わたしが嫌なの分かっててわざと言いました?」
もしやと思い、目を顰め言う。
「いえ、そんなつもりは」
否定してはいるものの、今にも肩が震え出しそうなほど笑いを抑えているように見えた。
「意外と神木さんって意地悪なんですね」
少し膨れっ面で返したが、正直なところ嬉しかったりした。
(神木さんも人をからかったりするんだな)
意外な一面を知り、何だか顔が緩む。
「申し訳ございません。気分を害されましたか?」
本気で心配顔をする神木さんに、怒ったフリは止め、笑顔に戻した。
「そんな事ある筈ないです……わたしは神木さんのいろんな顔が見れて逆に嬉しかったですよ」
新たな神木さんを知れた喜びからか、自然と零れる言葉。
「わたしは、もっと……いろんな神木さんが見てみたいです。たまに執事じゃない神木さんもアリだと思いますよっ」
だが、言ってしまった事を少し後悔した。僅かに神木さんが困った顔をしたからだ。
「そう言って頂けるだけで光栄にございます」
そのままわたしにグラスを手渡すと、真っ直ぐダンスをする人たちに目を向ける。その後、神木さんがわたしを見ることはなかった。
どうしても神木さんとは埋められない距離がある。それはわたしが“お嬢様”で、彼が“執事”だからなのだろうか。
“家族”と思うことすら叶わないのだろうかと、小さく溜め息をついた。
2曲目の音楽が流れ出すと、お父さんがこちらへ微笑みながら近付き、手をゆっくりわたしへと伸ばす。
「亜矢、踊ろうか」
「亜矢ちゃん、踊ってらっしゃい」
後ろから来た涼華さんがわたしの背中へとまわり、お父さんに寄せるように押した。
「はいっ」
神木さんが言っていた男性たちは、お父さん相手では近寄ることも出来ずに視線ばかりを注ぐ。それを少し気にしながら、お父さんの手を迷いもなく取った。
ラストを飾る曲はゆっくりとした曲で、わたしも難なくステップを踏む事ができ、お父さんに合わせてリズムをとる。
「驚いたよ……亜矢がこんなにダンスが上手くなってたなんて」
「お父さんだって上手いじゃない。もしかして昔やってたりしたの?」
「……若い頃な」
はにかみながら頷くお父さん。
「お母さんと?」
「いや、母さんはこういうのは興味がなかったから……けど今思えば一度ぐらいは母さんとも踊っておけば良かったかな」
「お母さんと踊れなかった代わりに、涼華さんとたくさん踊ってあげて。こんなにダンスがうまかったのに踊らないなんて勿体ないよ」
「ああ、そうだな」
幸せそうな笑顔を見せた父に、わたしが先程の出来事を謝罪した。
「そうだ、お父さん……さっきはごめんなさい。パーティーを台無しにするとこだったね」
「ああ、あれか。気にする事はない……陽太くんを助けたかったんだろう? それに、あの亜矢の姿を見て会長が褒めていたよ」
「えっ! 会長さんも見てたの!?」
「あの時の亜矢の行動は確かに令嬢としては良くなかったかもしれないが……人としては素晴らしいと言っていたよ。会長も陽太くんを社長にしたかったが、立場的に今は難しいからね。けど、何かがきっかけで逆転する事もある」
やっぱり、会長も陽太さんの事を見ていてくれていたのだと知る。
「人生は何があるか分からない」
その一言は何だか意味深で、重みのようなものを感じた。
「だが、忘れていけないのは自分の持つ信念だ。自分がどんな立場になろうとも、それを曲げずにいること……今の亜矢にはそれがある」
「そう、かな?」
お父さんは笑顔で頷く。
「令嬢という立場はきっと亜矢には窮屈に思うことの方が多いかもしれないが……いろんな世界を見るのも悪くない。この世界が嫌なら好きな場所に羽ばたくのもいい……亜矢の進むべき道を父さんは止めたりしないから、好きに選びなさい」
どうして急にそんな話をするのか分からなかったが、わたしは素直に聞き入れた。
「分かった……ありがとう、お父さん」
返事をしたと同時に、曲が止む。
「亜矢と踊れて楽しかったよ」
「わたしも」
こうして、少しだけハプニングもありながらも無事、パーティーは終わりを告げたのだった。