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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第1章『執事は家族です!』
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memorys,14

 あの日から一週間が経つ。


 兄弟たちとの距離も縮まり、徐々にではあるが家族の形を築き始めていた。


「学校はどうだ? 少しは慣れたか?」


 夕食を囲みながら、父が心配そうに尋ねる。


「う、うん……勉強はなかなか大変だけど、頑張るから大丈夫だよ」


「そうか。まあ、勉強は少しずつやればいいさ……あまり無理するなっ」


「そうそう、あまり頑張りすぎは良くないわよ。最近夜遅くまで勉強してるんでしょ?」


 涼華さんにまで心配させてしまった事に少しだけ申し訳なく思った。


「はい、ほどほどにします。みんな勉強できるから少し焦っちゃって」


「焦らなくていいのよ。今は環境に慣れなきゃ……亜矢ちゃんならきっと大丈夫よ」


「涼華さん、ありがとうございます」


 しかし、現実はなかなか厳しい。


 初日にしたテスト結果が散々だったためか、クラスメートから見たわたしは“元庶民の成り上がり令嬢”と言ったところだろうか。未だに友達どころか喋れる相手すらいない。


(なんとか次のテストで初めの印象を挽回しなくちゃ!)


 わたしは改め、気合いを入れ直した。


「ところで、話があるんだが」


 水の入ったグラスを飲み干すと、父は集まったみんなの顔を見渡しながら告げる。


「明後日から台湾へ行くことになったんだ」


「急ですね」


 陽太さんが反応し、ナイフとフォークを静かに置く。


「急に台湾の企業からドレスの依頼がきてな……頼まれたからには、台湾のデザインをいろいろ勉強しようと思ったんだ」


「どのぐらい行かれるんですか?」


「1ヶ月ぐらいの予定よ。だから、()()()()がいない間、亜矢ちゃんのこと頼んだわよ」


 陽太さんの問い掛けに答えた涼華さんの台詞に、静かに食事をしていた暉くんが顔を上げる。


「え、もしかして母さんも行くの?」


「もちろん! ファッションに関わる事だから、わたしも勉強になるだろうし……ついでに新婚旅行しようと思って、ね?」


 涼華さんが嬉しそうに言うと、父は照れたように頭を掻く。


「まあ、そう言うことだから……」


「良かったね、お父さんっ」


 わたしは仲睦まじいふたりを見ながら、優しく微笑んだ。


「あ、あとね……わたし達が帰ってきた後に朝比奈財閥のパーティーがあるの。家族全員参加だから、そのつもりでねっ」


「パーティー?」


 わたしの頭に浮かぶのは、極一般的なホームパーティーしか浮かんでこない。


「俊彦さんとの結婚の挨拶も兼ねてるけど……亜矢ちゃんのお披露目パーティーでもあるから」


「えっ!?」


「やっと亜矢ちゃんに用意したドレスが役に立つわ」


 “ドレス”と“パーティー”という単語で、わたしの頭にあった普通のホームパーティー風景は、外国映画でよく見るような“舞踏会”に切り替えられた。


「もしかしてダンスとか踊るんですか?」


 恐る恐る涼華さんに確認すると、なんだかウキウキしたような顔付きになる。


「ええ、あるわよ。亜矢ちゃんが誰かとダンスしてる姿、早く見てみたいわ~。きっと素敵よっ」


 一瞬にして血の気が引く。


「や、でも……わたしダンスなんて」


「大丈夫、大丈夫! ダンスなら陽太も暉も踊れるから教えてもらえば直ぐ出来るわよ」


「父さんも楽しみにしてるからな!」


 ふたりで満面の笑みを浮かべるものだから、わたしは勢い負けしてしまい頷くしかなかった。





  ◇◇◇   ◇◇◇





 涼華さんとお父さんがお仕事兼、新婚旅行へ旅立った日から始まった嬢様レッスン。


 朝比奈グループの会長、社長、副社長はもちろんのこと、様々な企業のトップ達が集まる盛大なパーティー。そんな場に出るとなれば、ダンスだけではなく、挨拶の作法やテーブルマナーも必須になってくる。


 学校の勉強だけでも頭痛を伴うのに、更なる課題にわたしは頭を抱えていた。


 積み重なった本を前にして何度目かの大きな溜め息を付く。休日ということもあり、庭を見渡せるテラスで勉強をすれば捗ると思ったのだが、読んだだけでは理解できない部分も多かった。


「こんなんで1ヶ月後のパーティーに間に合うのかな?」


 今日に限って、教えてもらえそうな暉くんも陽太さんも出掛けてしまっている。ダンスに関しては、ひとりで練習なんて出来るわけがなかった。


「息詰まっていらっしゃいますね」


 横から美味しそうな紅茶が注がれたカップが現れる。目線を向けると、にっこりと微笑む神木さんがいた。


「そんなに焦る必要はありません。挨拶に関してはわたくしや陽太様たちがサポートに付きますから、基礎を覚えていただければ大丈夫です」


「けど、テーブルマナーとかは難しいんじゃ」


「そちらは普段の食事で十分練習はできます。今日からはレッスンも兼ねてのコース料理に致しますね。頭で考えるよりも実践した方が効率的ですよ」


 “なるほど”と呟き、まだ湯気が立つ紅茶に口を付ける。


「社交ダンスも同じことが言えます。毎日の実践で自然と体に身に付いていきますから」


「毎日の実践か……」


 しかし、今日は相手がいない。わたしはふっと神木さんの顔を見つめた。


「神木さんって社交ダンス、踊れたりしますか?」


「え? はい……多少は」


 その返事にわたしは思わず椅子から立ち上がり、思い付いた事を口にする。


「なら、わたしと踊ってくれませんか?」


「わ、わたくしとですか?」


 唐突な申し出に、流石の神木さんも驚いた顔になった。


「今日はみんな出かけてしまって居ないから、わたしの練習相手になってください! お願いします!」


 頭を下げると、次は慌てた声に変化する。


「お嬢様、頭を上げて下さい」


「頼めるのは神木さんだけなんですっ」


「分かりました。わたくしで良ければいくらでもお手伝いますから」


 顔を上げると、困ったように眉を下げるも、神木さんの表情は柔らかだった。


「ありがとうございます、神木さんっ」


「では……10分後にホールで待っていてください。早速やってみましょう」


「はい! じゃあ、また後で!」


 約束を交わし、わたしは一度部屋へと向かう。


(そうだ、あの時のお礼も言わなくちゃ……あとはアレも渡せる)


 いつの間にか、さっきまでの憂鬱はどこかへ消え去っていた。

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