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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第1章『執事は家族です!』
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memorys,12

 一瞬だけ、神木さんの真っ直ぐな眼差しに目を奪われる。


「申し訳ありませんでした」


 服を掴んでいた手を包み込むように握り、何だか自分が全て悪かったような顔で謝る神木さんに、わたしは焦るように否定を述べた。


「なんで、神木さんが謝るんですか!? 謝ることなんて何もしてないじゃないですか」


「いえ、ご兄弟との関係をもう少しわたくしがサポートしていれば……お嬢様をこのように傷付けてしまうことはありませんでした。これは執事である、わたくしの責任にございます」


「神木さんっ」


「これからはよりお嬢様を支える覚悟でお迎えに参りました! なので、どうか“家族”になることを諦めないで下さいっ」


 頭を下げる神木さんに、わたしはそっと距離を詰める。もう片方の手を重ねられた手の上に乗せた。


「神木さん、わたし諦めてなんかないですよ。それに、わたし嬉しかったですっ」


 わたしの言葉に、神木さんは目を見開き顔を上げる。


「確かに暉くんや陽太さんの言葉に傷ついたし、正直言えばショックでした。けど、気が付いたんです……みんなと出会って、いろんな感情を知ったなって」


 新しい家や家族への不安、緊張、戸惑い。

 その中には確かに、嫌なことばかりではなかった。


「悩んで、怒って……落ち込んで。それでも、神木さんや涼華さんの優しさが嬉しくなったり……お父さんとふたりで暮らしてた時のわたしには出せない喜怒哀楽を一気に体験できました! だから、わたし楽しかったです」


「お嬢様」


「こうして、側で見守ってくれている人が近くに居るんだもん。少しぐらいうまくいかなかったからって、家族を諦めたりなんかしません! だから、神木さんが責任とか感じる必要はありませんよっ」


「……けど、迷われたのではありませんか?」


「そんなこと、ない……です」


 笑顔で言ったのだけれど、僅かに切な気な色を滲ませる。


「ごめんなさい、少しだけ迷いました。わたしなんかが居ていいのかなって……きっとこれからも迷惑かけちゃうし、全然見た目も中身もお嬢様っぽくないし、みんなには釣り合わないような気がしてました。そんなわたしが本当に家族として、あの家に戻ってきてもいいんでしょうか?」


 そう問い掛けた瞬間、神木さんの手がそっと離れていく。


「お嬢様……」


「はいっ」


 何か変なことを言ってしまっただろうかと思い、あまりはっきり見えない神木さんの様子を窺い見つめた。


「少し無礼を致しますが、よろしいでしょうか?」


「えっ? は、はいっ」


 意味も理解しないまま頷くと、一気に体を引き寄せられる。気付けば、神木さんの胸の中にいた。意外すぎる状況下に、抵抗することもなく固まるしかない。すると、神木さんの穏やかな声が耳に優しく伝わってきた。


「お嬢様は正真正銘、九条家の立派なご令嬢でございます。それに、皆様も必ずお嬢様の良さに気付いている筈です……だから、悲しい顔などなさらないで下さい」


「神木さん」


「わたくしがいつも側におります」


 何だろう。


 すごくドキドキするけど、神木さんの言葉を聞くとすごく安心してしまう自分がいる。まるで、魔法にでも掛けられたように、張り詰めていた気持ちが解きほぐされていった。


「ありがとうございます、神木さん」


 そのまま神木さんの温もりに身を委ねる。しかし、突如鳴り響いた携帯の着信音にわたしは我に返った。


「申し訳ございませんっ」


 瞬時に体を離し、慌てて胸ポケットから携帯を取り出した神木さんが即座に通話ボタンを押す。


「はい、神木……」


『亜矢は見付かったのか!?』


 耳に当てる前に響く声に、思わず携帯を体から遠ざける。その声はわたしにもハッキリと聞こえた。


(これって、陽太さんの声?)


「あの、陽太様……お嬢様は」


『いいかっ、見付からないなら直ぐに警察庁へ連絡しろ! 誘拐事件かもしれないから、警察総動員で彼女を』


「陽太様っ、落ち着いてください! お嬢様なら、()()()()見付かりました」


『見付かったのかっ!? なら、必ず連れ帰れ!』


 そこで通話は切れ、何故か沈黙してしまう。そして、ほぼ同時にふたりの口から笑いが漏れ出す。


「陽太さん、なんか凄かったですね」


「普段は冷静に振る舞っておられますが……意外に心配性で、心お優しい方なんです」


「心配性か……でも警察総動員は大袈裟ですね」


「それぐらいに、お嬢様を心配されてるんですよ」


 嬉しい筈なのに、胸がギュッと締め付けるように苦しく感じた。


「もう、お分かりになって頂けましたか? あなたはもう“家族”なんです」


 その苦しさはたちまち体中を駆け巡り、目尻を熱くさせる。少しだけ天井を仰ぐ。


「はいっ」


 何とか涙を堪えて、わたしは満面の笑みで返事をした。


「さぁ、戻りましょう。遅くなると、また陽太様が心配なさいます」


「そうだ! 神木さんにもプレゼントしますね」


「え?」


「実はさっきまで近所のおばさんの家でお茶をご馳走になってて、そこで陽太さんと暉くんのキーホルダーが完成したんです。それで、神木さんの分も作り始めてて……プレゼントしちゃダメですか?」


「いえっ、ダメではありませんが……わたくしなどが頂いてしまってよろしいんですか?」


「もちろんですよ!」


 わたしは力強く頷き、神木さんの手を咄嗟に握り締める。


「だって、わたしにとって神木さんも家族ですからっ」


 そう言い切って、何となくスッキリした気がした。


 そうだ、神木さんを“執事”と思うから、変に意識してしまうんだ。もうひとり“家族”が出来たと思えば、いちいち緊張したり、妙にドキドキすることはない。


「……家族、でございますか。そう思って頂いて光栄にございますっ」


 すると、薄暗かった家にまた明かりが点り出した。それを合図に、神木さんは完璧な執事スマイルを浮かべてわたしを誘うように玄関の扉を開く。


「ではお嬢様……帰りましょう」


「はいっ」


 家を出ると先程の雷雨は嘘のように消え去り、厚い雲の合間に青空が見え始める。


 この先に待つのは、晴天のように明るいと言われているように思えた。

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