memorys,10
翌日、廊下には昨日受けたテストの順位が貼り出されていて、結果は見なくても分かる。
最低最悪の最下位だ。
「嘘でしょっ……あんな成績見たこともない」
「いくら庶民でも、あれは悲惨ね」
周りで行き交う言葉に耳を傾ける余裕もなく、わたしは自分の成績に落胆する。
3科目の合計点数が名前の横にしっかり記載してあった。
“九条 亜矢 38点”
これは酷いと、自分でも思う。
この日1日、周りの視線が嫌で嫌で仕方なかった。
結果は散々なものだったが、次に向けて勉強すればいい。点数が上がって、順位が伸びてくれば周りの目だって変わってくれる筈だ。無理矢理開き直り、なんとかヤル気を復活させる。こうでもしないと、どこまでも気分が落ちていってしまう気がした。
「よし、帰ったら直ぐに勉強しなきゃ!」
授業を終え、家へと戻る。
「ただいまっ……!?」
玄関を開けると、何故か神木さんとその隣に陽太さんの姿があった。
「あ、え?」
意外な人物の出迎えに、わたしは慌てて神木さんに目線を送る。目が合った神木さんは何故か気まずそうな面持ちでわたしを見てから、陽太さんへと目を移した。
「お前……新学期早々やってくれたな」
眉を顰めながら、いつになく低い声で言う。わたしが“やった”と言えば、あのテストの事だろう。わたしは気まずいながら陽太さんを見た。
「暉からテストの事は聞いた」
やっぱり暉くんかと、肩を落とす。あれだけ“朝比奈の名に泥を塗るな”と言っていたのだ。あんなテスト結果を出したら泥どころの騒ぎではない。
陽太さんの顔がますます険しさを増した。
「悪いことは言わない。君は前の学校へ戻るべきだ……ついでに、あの男を連れて出ていってくれ!!」
「待って! あのテストは前の学校で習ってなくて……これから頑張って勉強していけば少しずつ追い付けると思うから」
出ていく事だけは避けたいと弁解を述べるが、それは陽太さんの機嫌を更に悪くさせてしまう。
「“追い付く”? 自分が“偽物”だって嫌でも気が付いた筈だ。お前がひとり足掻いて追い付けるようなレベルじゃないのは、ない頭で考えたって分かるはずだろ?」
「確かにそうだけど……やってみないと分からないじゃないですか!」
陽太さんの言っていることは確かに正論なのかもしれない。けど、それでもお父さんの居場所を失わせる訳にはいかなかった。
「わたしはまだ“お嬢様”になりきれてないし、勉強だってついていけてないけど……いつか絶対に“家族”だって認めてもらえるように頑張りますから!」
なんとか思っている事を吐き出したわたしは、荒くなった息遣いを落ち着かせながらゆっくり陽太さんを見据える。彼は黙り込んだまま、何も返してこない。
「お願いだから、待ってくれませんか?」
最後に掛けた言葉で、陽太が今までにないぐらいの怖い表情でこちらを睨み付けた。体が震えるような迫力に、自分の顔が一気に青ざめていくのを鏡を見ずとも分かる。
悪いタイミングで暉が玄関のドアを開けて入ってきたのを合図に、陽太はわたしの腕を掴み、外へと無理矢理連れ出した。
「ちょっ、陽太さんっ!」
「陽太様、お止めください!」
「誠は黙ってろ!」
後を追ってきた神木さんも立場的には逆らえず、複雑な顔をわたしに向ける。暉くんは笑いもせず、無表情でわたし達を観察していた。
玄関から外へと出た途端に、軽く突き放すように押され、よろめく。透かさず、陽太さんの声が辺りに響き渡った。
「馬鹿なお前には、はっきり言わないと分からないようだな。いいか……俺はお前がいくら頑張っても“家族”とは絶対に認めない!」
「どうしてですか? 何か理由があるなら教えて下さい」
「理由? 誰のせいで、俺が……」
陽太は握り拳をつくり、なんとか感情をコントロールしようと軽く深呼吸する。
「お前の父親が現れなかったら、俺は朝比奈の後継者のままだった。そしたら、父さんの跡を継ぐことが出来たのに……お前らのせいで全部なくなったんだ! あんな奴が後継者になったのは、お前たちのせいだっ!」
「後継者?」
陽太さんが朝比奈財閥の後継者だったなんて聞いていなかったし、それをわたし達が奪ってしまったなんて知らなかった。
「俺が父さんの跡を継ぐためにどれだけ努力してきたか知りもしないお前には分からないだろう。憧れてた父さんの夢を俺が引き継ぐ筈だったのに、赤の他人にその権利を奪われた気持ちが!」
「わたしは……そんなことっ」
「何が“妻を想ったドレス”だ! 俺はお前が何をしようが認めない。だから、早く出ていってくれ……この家から消えてくれ、頼むから」
陽太さんの顔が苦痛の表情に変化する。
わたしが来たことで、陽太さんの夢を潰してしまった。それは、確かに修復出来ない溝なのかもしれない。
「ごめんなさい。陽太さんを苦しませていた事は謝ります。けど……お父さんを悪く言うのはやめてください!」
もう、我慢の限界だ。
わたしだけが悪く言われるのは堪えられる。
けど、お父さんがお母さんを想う気持ちを誤解されたまま終わるのは嫌だ。
「お母さんが病気で亡くなって12年間、お父さんは一生懸命わたしを育ててくれました! 確かにうちは貧乏だったし、ドレスだって売れなかったけど……あのドレスはお母さんへの感謝が籠った、お父さんの想いが詰め込まれた一着なんです!」
真っ直ぐ、揺るぎのない目で陽太さんを見つめる。
「お父さんはドレス職人をわたしのために辞める覚悟でした。自分の最後の夢をお母さんの思い出とともに全てを注ぎ込んだ作品を何も知らないあなたが侮辱するのはおかしいです!」
息つく事も忘れ、気付けば呼吸が荒くなっていた。辺りは静まり返り、沈黙が続く。
「けど、これ以上わたし達が居ることで陽太さん達を苦しめるなら確かに“家族”とは言えません」
傷つけ合って、壊れていく家族なんて見たくはない。
「だから……少し時間をください。ひとりでもう一度、考えたいです」
深く頭を下げ、わたしは家へは向かわず、門の方へと足を向けた。
「お嬢様っ、どちらへ?」
「心配しないでください。少し頭を冷やしてきます」
みんなの顔を見ることが躊躇われ、亜矢は振り向く事もせず、小さく答える。
「わたくしもご一緒に……」
「ごめんなさい!」
神木さんの声を振り切るように、わたしは門へと向かって走り出した。
きっと、陽太嫌われてる気がする(笑)
この段階でこの兄弟
好かれる要素全くないよね、きっと(/´△`\)