第八話
夜の街は大人の世界。妖しい雰囲気がそこかしこから漂ってくるようになる。スーツ姿の男たちはぞろぞろとそちらの方へと吸い寄せられていく。
そんな中、とある裏路地にひっそりとたたずむ焼肉店の一室では、何やら少女たちが集まっていた。
「いやー、今日もキキ先輩大活躍でしたねー」
「私はただ自分の鬱憤を晴らしたかっただけよ」
「新人二人もよくやってくれたね」
「いえいえ、私たちは何も」
「ふふふ、お褒めにあづかり光栄ですわ」
少女たちは円形の机を囲んで和気あいあいと話し込んでいる。知らない人たちが見れば、部活の大会でもあったのだろうかと思うだろう。しかしここにはそんな見当違いを起こす人が入ることはまずない。ましてや、店内の人の事情を気にするような人はやって来ない。
「ごめん! 遅くなっちゃって!」
スーツ姿の女性が、部屋の仕切り布を分けて入ってきた。座るとすぐに人数分のジュースと自分の分のビールを注文する。
「お仕事お疲れ様です。おしぼりどうぞ」
「あ、アイちゃんアリガト♪」
部下から受け取ったおしぼりで手を拭き、手首も拭いた。ついで首筋まで拭くとアイは固まり、レイは「ふふふ」と絶えず笑みをこぼし、ミカは「オヤジじゃないんだから」と小突いた。
間もなく飲み物が全て卓に並べられると、上司が一度咳をしてから口を開いた。
「それじゃあ今日は、みんなお疲れ様でした。会社からボーナス頂いちゃったから。じゃんじゃん食べて飲んでね! 乾杯!」
「かんぱーい」
掲げられたビールの中ジョッキに、ソフトドリンクのグラスが小気味よい音を立てて合わせられた。
「私特上カルビ」
「ハラミがいいな」
「ウインナー食べましょうよ! ぐるぐるの!」
「私はこの地鶏肉というのが食べたいですわ」
「塩タンお願いします」
皆それぞれに、次々と頼んでは焼き、おいしそうに頬張っていく。肉と一緒にキムチを口に運び、ジョッキを傾けながら、上司はその光景を微笑んで眺めていた。
キキが円盤の中に入ってからも、少なからずの抵抗はあった。緑色の体に薄手の茶色いローブを着た低身長の宇宙人たちが、銃を構えて通路の各所で待ち構えていたのだ。
当然相手は容赦なく引き金を引いてきた。弾幕が少女を襲う。いくらか被弾する。
しかし彼女は、その足を絶えず動かす。
「ひっ!」
怒っていた。彼女の覇気は、大概の相手を一瞬ひるませるほどに張りつめていた。それが勝因となっていた。数で勝るはずの宇宙人たちがたじろいだ瞬間、一瞬で間を詰め、槍の一振りで敵の大多数を無力化し、討ち漏らした敵を本気で潰していった。
敵が人間でない以上、容赦する必要がない。このことがキキの力のタガを外れさせていた。
この世に現界した本物の夜叉となった。
夜叉が次々に敵をなぎ倒していった先に、一つの部屋が見えてきた。他とは違う両開きの扉。おそらくは指令室のようなものだろう。扉の前の見張り達を速攻で仕留め、扉を蹴破る。
中は中央の大黒柱を中心にぐるっと円形に広がっていた。壁際にはミミズが這ったような文字を映し出すモニターを見つめる宇宙人。中央近くには他より高級なのが一目でわかる目の細かい白いローブを纏った宇宙人が三人一緒に立っていた。話し合いをしていたであろう彼らの目は、扉から入ってきた圧倒的強者に釘付けになっていた。
「みーいつけた」
戦慄。言葉の意味が分かるかどうかに関わらず、その生物が出してくる雰囲気で分かる。この生物は自分たちを殺しに来たのだと。
逃げようにも足が思ったように動かない。一人が自身のローブに足を引っかけて尻餅をついた。衝撃で目を閉じる。次に開けたとき、なぜか視界の左側が赤かった。
「……アァ」
キキが、自分のすぐ近くで、覆いかぶさるように腰を曲げていたのだ。槍の切っ先が、左目の数ミリ先に突き付けられている。
「おい、そこのお前、少し落ちつ」
「あ!?」
胸元に仕込んでいた翻訳機械を使って他の宇宙人が説得しようとすると、キキは咆哮を上げ、さらに槍を目に近づけた。目の前の宇宙人は既に涙目である。
「おい、宇宙人」
「ひっ!」
「騒ぐな、刺すぞ」
静かに脅すキキ。宇宙人が静まったところで、口を開いた。
「すぐにここから立ち去れ。そして二度とここに現れるな。次はない。分かったか」
「わかった。わかった」
目の前の宇宙人も同意を示した。
「穴はお前らで後から塞げ。私が出るまで下手なことしたら、すぐに皆殺しだ」
「わかった。わかった」
宇宙人の言葉を聞き終わる前に、キキは扉に踵を返した。
キキが何歩か歩くと、宇宙人の一人が袖のたもとをまさぐった。見えてきたのは、小型の光弾銃。構えようと腕を伸ばし始める。
「あっ」
キキが突然立ち止まった。宇宙人は慌てて銃を袖に戻す。
「忘れてた、まだやることあった」
言うとキキは、低空飛行でこけた宇宙人の前に戻ったかと思うと、次の瞬間彼の左腕を槍の柄で殴った。
「アガアアアアアアアアアア!」
喚く彼を見て反論を言おうとした二人。しかし遅い
「ウグ!」「ガッ!」
右足と左足をそれぞれ殴打された彼らはのたうち回る。
「なんで! これ以上何もしないといったのに!」
「……は?」
殺気。
先ほどの比ではない。生まれてから今までの全ての憎悪を押し付けられているかのような、ナイフを体中に触れさせられているような、気持ちの悪い感覚が全身を支配する。
彼女は毒の吐息を吐くかのように、ゆっくりと言った。
「人の休日を不意にした奴らが、何か言えるとでも思ってんの? 死んでもいい屑どもが、私に何か言えるとでも思ってんの? 今まで死んだ奴らがたくさんいるのに、そんなこと言えるとでも思ってんの?」
一息溜める。
「死んでも死にきれずに死んでいった奴らの上で、せいぜい苦しく生きろ! 死にたきゃ自分で死んでいけ!」
ひとしきり怒鳴ると、キキは部屋を出た。指令室は、しばらく静寂に包まれた。
「うぁ~~。彼氏欲しいよ~」
「姉さん、そんな酒癖だから彼氏さん次々に離れていくんじゃないっすか?」
「うっ、うっ」
「あーはいはい泣かないで。そんな姉さんを好きになってくれる人もいつか絶対現れてくれますよ」
店内では一時間もしないうちに酔い潰れた上司の相手をミカが頑張っている。モモとレイはそれを横目に、まだまだ肉を頬張っている。
キキはもう十分食べたと言って、店の外に出ていた。
「キキさん」
後ろからかけられた声に、キキは振り向く。
「……アイ、もういいの?」
「はい、私は。もうモモさんとレイの独壇場になってます」
「そう」
アイが笑うと、キキも少しだけ微笑んだ。
「今日、ありがとうございました」
「いいよ。これから何度もあるだろうから」
「……そう、ですか」
「うん」
どこかそっけないキキの返事が、アイには掴みどころがなくて不安になった。
顔が下に向く。
「でも、」
「……?」
再度キキの方へ向く。
「気、張らなくていいよ」
唖然。
アイは何も言えない。
「これからは、今までとは全く違う生活になる。いつ来るかわからない敵に対応しなきゃいけない。ストレスは計り知れない。そんな中で、気を張り続けてたら、いつかパンクする。動けなくなる。そんなことになる前に、言いたいことは誰かに言う。レイは多分聞いてくれるから、レイでもいい。気を許せる人を増やすことが重要よ」
さ、戻りましょうと店内へ向かって歩き出すキキ。アイはその場で動かない。
「……アイ?」
キキが振り返る。風が吹くと同時に、アイもキキの方へ向く。
「キキさんにも、気を許していいですか?」
風に紛れてしまいそうになる声。それはアイの内心のように、キキには思えた。
「……聞くことじゃないよ、そんなの」
笑顔。
キキがアイに向けて、自然に笑みをこぼした。
それが何を示すか、誰の目にもわかった。
「入るわよ」
「……はい」
アイはキキの横へ走った。
二人一緒に、焼き肉店へと戻っていった。
その後、上司が寝てしまったため、店主に任せて四人は先に帰っていった。
翌日起きた上司が見たのは、0がたくさん並んだ勘定書だった。