第二話
空を切って高高度から落下すること数分。ようやく目的の場所がキキの目に映った。
某所にある、とある高層ビル。魔法少女たちが在籍している会社のビルである。
魔法少女がここに在籍しているとばれたら、ウチも君も世間的に危うくなる。以前上司から言われたことを思い出し、キキは手前にあるビル群の隙間に飛び込んだ。
地面に着地する寸前に勢いを殺し、変身を解いて地に足をつけた。そこから急ぎ足で会社の方向に向かう。
大通りに出ると丁度、横断歩道の信号が青に変わった。曲がってくる車なんて構わずずんずん突っ切っていった。
対岸についてから右に進んでいくと、会社の玄関と、向こうからやってくる同僚の姿が見えた。
「キーキせーんぱーい!」
明るい声でキキを呼ぶ、明るい茶髪ボブヘアの女の子、混野桃だ。先輩と呼んでいるが、年はキキと同じである。
走ってくる彼女に気づいたキキは「モモ」と小さく呟いた。
間もなく二人は合流し、そのまま会社のエントランスに入っていく。
「キキ先輩も今来たんですね」
エレベータに向かいながら、モモは喋りだした。キキからの応答はない。
「もう、勘弁してほしいですよね、ほんと」
エレベータに乗りながら、モモは続ける。キキからの応答はない。
「久々に休暇がとれたから、大好きなスイーツ屋行ってケーキとかドーナツとか色々美味しく食べてたのに。ほんと敵ってのには空気を読んでもらいたいですよね。だいたい」
「着くよ」
キキが食い気味にモモの言葉を遮ったとき、エレベータが到着する階数をアナウンスした。モモもこれ以上何かを言おうとはしなかった。
地上十八階。エレベータから出た二人は右通路を進んでいき、突き当たりの部屋の扉を開けた。
そこは会社の会議室の一つ。今は『宇宙人緊急対策本部』と銘打たれている。というか、そのように部屋の前のホワイトボードに書かれている。部屋の中央に長机が五つあり、四つは出席者が向き合うように、残り一つは入り口から一番遠いところに、入り口と正対するように置かれている。
キキたちから見て左奥には、右目に眼帯をし、薄い本を堂々と読んでいるキキたちの同僚、短い赤髪の阿片光香が顔をにやつかせて座っていた。薄い本には怪しくR18と書かれているが、今はさして問題じゃない。
右奥にも女の子が二人、じっと座っていた。
手前側は白いブラウスに黒ジャケットを羽織ってベージュのロングスカートを履いている。ブロンドの長い髪と朱色の眼からは言い知れぬ高貴さを感じる。一言でいうと、上品さが服を着ているような子。
奥側はグレー地のロゴ入り長袖Tシャツにジーパン姿。肩にかかるくらいの黒髪ストレートで、前は真ん中で分けている。おとなしそうな子だ。
上司はというと……、
「……」
正面の机に手をついて突っ立っていた。口は「あ」の形で固まり、眼鏡がかけられた目は今にも滝が流れてきそうなほど潤んでいる。
上司は声は出さず、キキ達を中に招いた。
ミカの隣に座ると、いきなり胸に手が回ってきた。キキはその手を即座に叩き落とす。
「キキさんはご機嫌斜めですか」
薄い本を閉じたミカがニヤリと微笑みを見せてくる。
キキは何も言わず席についた。モモも隣に着席する。
これが常なのだ。
キキが目配せすると、上司は涙をぬぐって、「それじゃあ」と話を切り出した。
「会議にはいる前に、新人を紹介します」
キキたちの向かい側に座っていた二人が立ち上がる。
まず口を開いたのは、上品な子の方だった。
「近距離担当の、月宮霊と言います。よろしくお願いします」
淑やかにお辞儀をする彼女はどこか異国の貴婦人のようだった。
「えええええええと、おお同じくきき近距離担当になりました、すす菅谷亜生です。よよよろしくお願いします」
カクカクとした素早い動きとその言動から、周りはこの子の内心を悟った。
「そんな緊張しなくていいから、肩の力を抜いて、楽に、ね?」
ミカは目を合わせて陽気に話しかけたが、
「は、はい!」
さらに肩が上がってしまった。声も裏返る。
「ありゃま、逆効果だったかな」
ミカは肩を落として、頬をポリポリ掻いている。
「最初はそんなもんよ。だんだんと、慣れればいい」
「あ、......はい」
目も合わせず呟かれた言葉に、アイは素直に返事をする。体の固さが、少し抜けた。
「キキ先輩、いいこと言いますね」
「アンタは口挟むな」
横のモモはブーブー言っていたが、キキに両ほっぺをサンドされておちょぼ口にされるとあっけなく降参した。
「先輩の方も自己紹介して」
上司の促しに最初に乗ったのはミカだった。立ち上がって肘から先を挙げる。
「私は阿片光香。遠距離担当だから、援護は任せといてね」
次は、モモ。
「はいはーい、私は混野桃って言います。中距離から支援射撃していくよ! 時々前線にも上がるから、その時はよろしくね!」
そして、最後は、
「万純奇季。近距離担当よ。この中では一番の古株になるわね。よろしく」
三人の自己紹介のそれぞれに、新人たちは「よろしくお願いします」とーー片方はぎこちないがーー言ってお辞儀していった。
自己紹介が終わったところで、上司が話を会議に移行した。
「キキはもちろん、みんなも知っての通り、先ほど新勢力が地球へ宣戦布告してきたわ。そこで、新入りも入れて、魔法少女五人で事に当たってもらいます」
会議室の天井のプロジェクタが、下りてきた前のスクリーンに向かって光を飛ばす。合わせて、部屋の照明は暗くなった。
「相手の基地の場所は既に特定済みよ」
ミカは椅子の背にもたれながら小声で「流石だね」と呟いた。
「場所はここから西に三十キロほどのところにある、下野山という山の中の洞窟よ」
スクリーンに映し出されたのは衛生からの映像。ギュンと一気にズームして、一つの山を中心に停止した。山の西側の斜面に、赤い点が示されている。そこから線が伸びて『target』と書かれていた。
「敵は地球を侵略しに来た異星人。武装などは今のところ分かってないわ」
キキとしては、UFOに乗っていて、何もせずに何処かに行ったことからも、それは想像できていた。
「現在も小規模ながら被害が出てるの。これ以上被害を出さないためにも、早急に対処しましょう」
部屋はまた明るくなった。すると、
「そうと決まれば、早速出ますか」
軽く言いながら、ミカは席を立ってゆっくりと出口に向かっていく。
キキもモモもそれに続く。
新人二人も、戸惑いながらも先輩の姿を見習った。
「ちょ、ちょっと、まだ攻め方とか.....」
上司が心配そうに手を伸ばす。
「あっちで決めるから、大丈夫」
新人を先に行かせて、振り向いたキキが即答した。
キキはまた歩き出して、会議室の扉を閉めて出て行った。
その返答に上司は一時停止した。それから、
「いってらっしゃい」
と、笑顔で見えない背中を見送った。