第一話
四月、日も暮れかかる町の中、
「せいやぁぁぁぁぁぁ!」
少女の高い叫び声と立ち上る砂煙が見える。
晴れていくと、そこに見えてくるのは桃色の髪と同系統の色で彩られたかわいい衣装に身を包み槍を持った少女と、それに腹を貫かれた半鳥半人の怪物だった。怪物はみるみるうちに光の玉となり、槍に吸収されていった。
次の瞬間、少女は一定距離を置いている野次馬に背を向けて飛び去っていった。野次馬たちは彼女のことを『魔法少女』と口々に呼んでいた。
町中の、人目につかない路地裏に少女は降り立った。
ーシュンー
かわいい衣装が学生服に戻った瞬間、
「あ”ぁぁぁぁ」
少女から発されたのは深く暗いため息だった。目は死んだ魚のように光を失っている。髪も地味な黒色に変わっていた。
二つ折りの携帯を素早く取りだし、登録している電話番号に電話した。繋がると同時に、
「任務完了。あとは任せた」
それだけを言って電話を切った。
路地裏から商店街に出て、無気力に家に戻る。
この生活が始まったのは、今からちょうど一年前。彼女が中学生になりたての頃だった。
家に一通の手紙が届いた。内容は『万純奇季を魔法少女に任命する』というものだった。本人も最初は本気にしていなかった。しかし、そこに同封されていたペンダントが全ての疑念を真実に変えた。
キキがペンダントに触れたとたん、それは七色に輝き始め、キキの全身を覆った。
服はフリフリいっぱいのものに変わり、手にはステッキ、首には先程のペンダントがかけられた。
部屋の姿見で確認してみると、どんどんテンションが上がっていった。ステッキを振ると長柄の槍に変わるのは魔法少女という感じに乏しかったが、例外的な装備が逆に特別感をキキに与えた。
意識的に元の姿にも戻れた。
これは夢じゃない。テレビアニメでずっと夢見ていた存在に自分がなってる。これから私は魔法少女なんだ。
小学生から上がりたての子には、それは最初、楽しいことに思えていた。
しかし現実とは、残酷なことの方が多いものだ。
「何これぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
襲ってくるのは怪人、怪獣、得体の知れないドロドロしたものと多種多様で、それぞれが毎回強敵だった。
しかも魔法少女はシフト制であり、魔法少女の数が少ないせいで週五が普通、多いときは週七もあった。
そんな生活をしていくと、繊細な少女の心はどんどんすり減っていって、いつしか今のようになってしまっていた。
家に帰って自分の部屋に戻ったとたん、鞄を床に捨て置き、体をベッドに投げ捨てた。
ーヴゥヴゥ、ヴゥヴゥー
胸ポケットに入れていた携帯が揺れる。だるい腕を動かして開いてみると、上司からのメールだった。
文面は、
「……ょあったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『新人を入れることに成功したので、シフトを改定する。そしてこれまでの健闘を配慮し、これから五日間は休みにする』というものだった。
こんなに自分の時間が取れるなんていつぶりだろう。いや、そんなのどうでもいいから自分のやりたいことをやりたいだけやろう! まずは休もう!
色んな思考が一気に脳内を行き交う。
お母さんに怒られたが、謝罪もそこそこに心のなかで心置きなく喜んだ。
夕飯はいつもよりずっと美味しく感じたし、お風呂も気持ちよくてポカポカできた。夜の眠りだって快適ですぐに寝付けた。
物語が転がり始めるのは、その翌日の昼頃である。
晴天の下の町中を、好き勝手に歩き回っていた時のことだ。
空がいきなり暗くなった。雲が来たにしては変化が早すぎる。気になって空を見上げると、そこにあったのはアダムスキー型UFOに似た銀色の円盤だった。
悪寒が背中を伝う。
「人間諸君、元気かな?」
町のスピーカーから流れているような大音量で、低くて偉そうな男の声が聞こえてくる。
「我々は、地球の人間に対して宣戦布告する」
この宣言と時を同じくして、キキの携帯が着信音を鳴らす。目も向けずに通話ボタンを押して耳に当てると、案の定上司から連絡が来た。
「すまない! 変なやつが来てしまったので、皆で協力して倒」
途中で携帯を閉じてしまった。
え、なんで? よりにもよって連休初日に連休なし通告?
……。
「ざけんじゃねぇぞこのやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 私の休み返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
衆目なんて気にせずその場で変身して槍を構える。目標は言わずもがなあのUFO。
「ボルグッ!」
キキの手から放たれた槍は、神速で空を裂いていく。
槍の切っ先がUFOに突を入れるかと思われた。
しかし、槍がUFOの表面をとらえる前に、UFOは空から姿を消した。
目標を失った槍は、たどった道を遡ってキキの手に収まりステッキに戻った。
キキは俯いて歯をくいしばっている。
目標をしとめられなかったこともあったかもしれない。しかしキキの心のなかにはそれを遥かに凌駕す る気持ちが溜まっていた。
「糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が
糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が
糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が
糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が」
こういう感じに。
また電話に着信が入る。
「今のところ被害は出てない。ひとまず本社に集まって、作戦を考えよう」
キキは空を見上げ、視線の更にその先の宇宙にでも行こうとしているかのような速さで飛び立った。本社はこの町の南東部。ここから二十キロほど離れたところにある。
雲が漂う高さまで来たキキは、目的地の方に体を向け、滑空していった。
「糞が」
雲しか聞けない声で、彼女は不満を口にした。




