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シンリさんは出ません。
ネイロ村。
目を覚ましたヒイラギとスゼ爺は、ベッドの上で寝息を立てているエルゼの側で話し合っていた。
ドゼはシンリが近くにいるかいないかを確かめるために村の中心へ行ったため、小屋の中にはいなかった。
「……エルゼがまだ目を覚まさないのは、シンリ殿が何かをしたからなのだろうか?」
「いや……何かはしたんだろうけど、少なくとも害になるようなことはしてない、と思います。俺たちの毒は取り除かれてるし、それはエルゼちゃんも同じですから心配することはないでしょう。単に耐性や魔力量の違いですよ。すぐに目を覚ますはずです」
ヒイラギはエルゼのステータスを視ながら言った。
ただ、耐性の有無も魔力量もエルゼの方が優れているということは伝えなかったが。
(……シンリ、お前何をしたんだよ)
エルゼの変わり果てたステータスを視て、ヒイラギはそう思わずにはいられなかった。
(あいつが普通じゃないというのはなんとなく最初から思ってたけど、流石にデタラメが過ぎる)
物思いにふけて黙り込んだヒイラギを不審に思い、スゼ爺は言った。
「やはり、エルゼに何かあるのではないか?」
「いや本当に、悪いことは何も無いどころか、むしろいいことだらけです」
そうは言っても、スゼ爺の疑いの目は消えなかった。
少し空気が悪くなったので、ヒイラギは話題を変えることにする。
「そ、それよりも、スゼ爺的にはシンリをどうこうしたいとかあります?その、村人たちを苦しめていたのはシンリが原因だったわけですし……」
スゼ爺はその質問に、エルゼの髪を撫でながら静かに答えた。
「いいや。彼に感じておるのは感謝の念しかない。そもそも死人は出なかった上、原因はシンリ殿だったのかもしれんが、結果的に治したのもシンリ殿なのだからな。なんと言っても、もう諦めかけていたエルゼを治してくれたのだ。感謝以外の感情を抱くのはちと難し過ぎる」
「スゼ爺はそれでよくても、もし村の人たちにシンリのことがバレたら……」
「ディエナスメイナスの処刑」
「え?ディメ、え?」
スゼ爺の言った聞きなれない単語に、ヒイラギは間抜けな声を出した。
「昔、わしが生まれるよりも前のずっと昔、聖者ディエナスメイナスという者がいたらしい。目に付く物全てを救った伝説の人間だ」
「それが……?」
スゼ爺の言いたいことがイマイチ掴めずに、ヒイラギは頭に『?』を浮かべていた。
スゼ爺は「まあ聞け」と言って続きを話し始める。
「彼は救い、助け、癒すことで多くの人間に感謝された。見返りを求めるでもなく、ただ誰かが困っていたら手を差しのべる、そんな性格の者だと伝えられている。誰もが彼を信じて、誰もが彼を敬って、誰もが彼を望んでいたのだ」
しかし、とスゼ爺は話を一度切り、息を吸って話し出す。
「彼は騙され、人類を陥れ、多くの者が死んだ。人類の敵となった彼は恨まれ、憎まれ、ついに処刑されることになる。処刑は広い闘技場で行われたらしいが、その見物人は彼に救われた者たちで溢れかえっていたらしい。要するに、どんな大罪を犯したところで、今までの善行が塗りつぶされる訳では無いと、そういう言葉なのだよ。『ディエナスメイナスの処刑』というのはな。村にシンリ殿を恨むような者はおらんよ。彼に助けられたという事実は無くならないのだからな」
ヒイラギはそれを聞いて「逆に言えば良いことをしても悪いことをしたという事実が消えるわけでも無いってことだよな」と思ったが、いい感じにまとめたスゼ爺が一息ついていたので何も言わなかった。
「そ、村長!」
いきなり、小屋の中に村の若者が慌ててやってきた。
その顔はひどく怯えていて、今にも泣きそうだった。
「ば、化物が!化物が現れた!今は父さんたちが時間を稼いでるけど、そんなのなんの意味もない!無駄死にだ!ああああああああっ!!」
若者は混乱しながら頭を抱えてうずくまったが、スゼ爺は落ち着きながら若者に説明させた。
それは、人の形をした気味の悪い化物が手当り次第に物を口に入れているということ。
シンリが生やしたリンゴや、家畜として買っている動物、石も木材もお構い無しに喰らっているという。
人が喰われるのも時間の問題だと。
「そ、そうだ!シリウス様を呼びに来たんだっ!シリウス様なら!シリウス様ならっ!」
盲目的に、見えない何かに縋るように、若者はシリウス様シリウス様と繰り返し、小屋の中を徘徊しだした。
もはや正気を失っているらしい。
「ただごとじゃあ……なさそうだな」
ヒイラギは若者を見ながらそう言った。
次にスゼ爺を見て言う。
「俺がどうにかしてきます。スゼ爺は村の人たちの避難をさせてください」
「しかし……」
ヒイラギの身を案じて、スゼ爺は難色を示した。
「俺のことなら大丈夫です。俺も、シンリと同じような《スキル》を持ってますから」
そう言うヒイラギの眼は、蛇のような縦長の黒目をしていた。
〇
ヒイラギが化物の前に立った時、死人はまだ出ていなかったが、腕や足などを喰いちぎられて失血死しそうな人が何人かいた。
化物は一思いに殺すのではなく、痛みと恐怖を与えることを楽しんでいるようだった。
「あとは俺がやる!みんなは逃げてくれ!」
ヒイラギは与えられたスキル【蛇眼】で化物ーーキメラを睨みつける。
キメラは怯んだように一瞬動きが止まったが、すぐに動き出した。
標的をヒイラギに定めて、一気に跳躍した。
「喰ラアアアアアァァァァ!!!」
「気持ち悪い!!ライトランス!!」
飛びかかってきたキメラの着地点に【光魔法】で光の槍を設置し、自分は横に飛んだ。
重力に従って串刺しになることを願っていたが、キメラは背中についている羽根を使って着地点をずらしていた。
「ちっ!麻痺れ!」
【蛇眼】で麻痺を付与する瞳で睨んでも、今度は動きを一瞬止めることすら不可能だった。
「なっ」
これはヒイラギには予想外で、思わず驚きの声を発する。
それによって出来た隙をキメラは見逃さない。
「グラアアアアアァァァァ!!」
ヒイラギを頭から喰い殺そうと、大口を開けて襲いかかる。
ヒイラギは何が効くのか分からないため、必死に瞳の色を言葉通りに変えて、様々な状態異常を起こそうとする。
「グラ?」
「はっ、石化は当たりか」
パキパキと音を立てて、キメラの身体は徐々に石に変わっていく。
ヒイラギはその間にキメラから距離を取るが、視線を逸らさずまばたきもしない。【蛇眼】の効果が一瞬でも切れることを惜しんだのだ。
だが、視線を逸らしたわけでも、まばたきをしたわけでもないのに、キメラの石化は急に止まった。
「耐性取得が早すぎる!せめてステータスを覗けるくらいに余裕ができれば……っ」
キメラは石化を意に返さず激しく動いてカマキリのような腕が取れたが、すぐに再生した。取れた腕を飛び道具としてヒイラギに投げつけ、ヒイラギはそれをライトシールドで弾いて対処する。
実は、ヒイラギの【蛇眼】は状態異常のレパートリーが多い代わりにそこまで強力ではない。
おそらくレベル1の耐性スキルでも持たれていれば、ほとんど効果を表さないだろう。だから、キメラが持っていない状態異常で勝負するために、相手のステータスを除く必要があるのだ。
「【鑑定】も【蛇眼】に統合されたのに、ステータス見るのに時間がかかるってどういうことだよ……。いや、それだけ詳しく見れるんだけど。読み込み中って感じかな」
なんてことをいいながらヒイラギはキメラをどう倒すべきか考える。
ヒイラギの持つ戦えるスキルは少ない。
最初に選べる10個も、村の生活で使えるようなスキルに費やしてしまったからだ。
その上、スキルガチャよりも武器ガチャに魅力を感じ多く回してみたはいいものの、ほとんど良いものは当たらず、武器ガチャは闇だとヒイラギは思っている。それでも引いてしまうのが人間だ。
ちなみにいくつか、シンリが言うところの確定演出で出た武器もあるが、扱うためのスキルが無いため満足に扱えず、正直素手の方がいいレベルだ。
引いた武器を収納するためにアイテムボックスを拡張したため、スキルガチャは数回しか引いていない。それで出たスキルも戦闘に使えるようなモノでは無かった。
「後悔先に立たずってこんな感じかな。後にあるから後悔なんだから、先に来ないのは当たり前なんだけど、さっ!」
身体を思い切り捻ってキメラの拳を避ける。
ヒイラギの持つ数少ない戦闘でも使えるスキル【思考加速】のおかげで、集中すれば世界の時間が遅れて流れているように感じることができる。相手の攻撃を避けることくらいなら簡単に出来るため時間稼ぎはできるが、この場合時間を稼いだところでさして意味は無い。
「俺がなんとかしないとな……」
ステフォから武器ガチャで当たったただの小斧を取り出して牽制としてキメラに振るう。だがそれは牽制にすらならず、キメラの硬く覆われた部分に当たって弾かれた。
「あ、シンリに助けを呼べばいいのか」
一度出会ったのだから、個別でチャットを送れるはずだ。
そう思ってステフォを操作しようとすると、いきなり突風が吹いて、ステフォがヒイラギの手から離れた。
「大丈夫ですかヒイラギさん!」
「エルゼちゃん!タイミング悪すぎるから!」
「ええっ!?」
少し離れたところからシンリに与えられた【風魔法】でキメラを吹き飛ばしたエルゼは、まさかのダメ出しに驚きを隠せなかった。
「喰ラエ!喰ラウ!グラアアアアアァァァァ!!グラアアアアアァァァァ!!グラアアアアアァァァァ!!!」
キメラはエルゼを見た途端、狂ったように叫び出した。
戦いはまだ始まったばかりであった。




