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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
3章 魔人帝国シラカバ
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-72- シビトハザード⑤

お読みいただきありがとうございます。

 それはいくつもの骨が無数に繋げられ、絡められ、束ねられており、まるで大木の幹を想像させる。


 突然現れた『幽合体』に、シセルは苦々しそうに表情を歪めた。


 ただでさえにゃんこ博士とかいう人か猫かも分からない実力者を相手にしていたのだ。これ以上よく分からないものを増やさないで欲しい。


「な、なんだよこれ……」


 縦横無尽に迫り来る骨の腕。槍を振るってみれば、空を切るように抵抗なくすり抜ける。


「!? く、そ……っ」


 シセルの髪に、顔に、首に、胴体に、腕に、足に。

 骨の腕は、一瞬でシセル全体を覆うように絡みつく。


 1本1本の力はそう強くはない。それどころか、弱く、脆い。

 身体に強く力を入れれば数本は簡単に折れてしまうが、圧倒的なその数の多さにより、骨の腕の拘束から抜け出すのは困難だった。


「よわったにゃぁ……」


 にゃんこ博士が気落ちしたように呟く。


 不幸中の幸いと言うべきか、にゃんこ博士にも同等以上に『幽合体』の魔の手が伸びていた。

 しかし、シセルと違って『幽合体』の性質を知っていたからか、『幽合体』の折れた腕を武器として使い、拘束を逃れている。


 あれでは、『幽合体』に手一杯でシセルに攻撃することは出来ないだろう。


『アアアアアアアッ!』

「にゃあ?」


 空気をビリビリと揺らす悲鳴が響き渡る。

 『幽合体』も苦しむようにその胴体を捻らせた。


 その叫びを皮切りに、『幽合体』は移動を始めた。


 シセルたちへの攻撃をやめ、何か他の獲物を見つけたかのように、外へ。


 シセルを掴んだまま。


「……ッ! ちょ、はーなーせー!!」

「にゃにをやってるんだにゃあ」


 にゃんこ博士が持っていた骨の腕を縦に振り下ろす。


 何百、あるいは何千もの数が束ねられていた骨の腕を、たった1本の同じ骨腕で断ち切ってしまった。


 その1本は当たり前と言うべきか、役目を終えたように砕け散ってしまったが、力の源を無くした骨の腕たちはぼろぼろと剥がれ落ち、地面に着く前に消えてゆく。


「なに、助けてくれたの?」

「にゃわけにゃい」


 ぱん、と。

 乾いた音が響いた。


「……、なんだよ、それ……」

「奴の知識を元に、にゃあが作ったものにゃよ」


 先程の音をヒイラギたちが聞いていれば、銃声と答えただろう。

 この世界では魔術や魔法があり、効率の観点から発明されることのなかった道具。


 にゃんこ博士の手には、小さな拳銃のようなものが握られていた。


「……くそ、最悪、だ」


 撃たれた腹を押さえながら、シセルは地面に倒れる。

 広がってゆく血溜まりが、自身の頬を濡らしているのが分かった。


「『幽合体』を止める術がにゃい以上、もうおみゃあに用はないにゃ」

「……ぁ、はぁ……」


 ゆっくりと、拳銃の照準がシセルの頭に合わせられる。


 シセルは半分閉じた瞳で、にゃんこ博士を睨んでいた。


「ばいにゃら」

「……あぁ、本当に──」


 最悪だ。



 ヒイラギには目の前にある物体……物体と呼んでいいものかすら分からないが、『幽合体』がなんなのか理解できなかった。


 ヒイラギの視点から見えるのは、天井まで伸びている骨の逆円錐型の『何か』だ。


『ァァァァァァァァァァァァァ……』


 『幽合体』はうじゃうじゃと骨の腕を伸ばしてくる。


 が、光の剣を腕の先に伸ばしているヒイラギには攻めあぐねるように、近付けるのを躊躇っていた。


「光魔法が苦手なのか……?」


 シビトやアマハ、その他のクラスメイトたちとの戦闘により、『死者』が光魔法が弱点であるということはもう分かっている。


 ならば『幽合体』が光魔法を弱点とすることも不思議は無い。


「それならっ!」


 ありったけの魔力を込めて光の剣を大きくする。


 これまでの戦闘によりヒイラギの体力は著しく削られていた。

 特に先程血を吸われる際に流した血液の量が多く、『幽合体』のように巨大な存在と長期戦ともなればすぐに倒れてしまうだろう。


 だから、この一撃で終わらせるように。


「はあああああああ!!」


『アアアアアアアッ!』


 『幽合体』が悲鳴をあげる。


 ヒイラギの光剣は、削り取るように『幽合体』の身体を傷付けていた。

 しかし、それだけだ。ヒイラギが与えた傷も、すぐに再生は始まる。


「くそっ、逃げる時間も稼げな……くっ!」


 横から迫ってくるなにかを、ヒイラギは反射的に光剣で防ぐ。

 しかし衝撃を殺せず、壁際まで弾かれてしまう。


「腕あるのかよ! ……どんだけ大きいんだ、こいつ」


 『幽合体』には足がなかったため、勝手に腕も無いものだと決めつけていた。

 全貌も、オブジェクトのような形だと思っていたが、もしかすると人を模しているのかもしれない。


「どうする……」


 このまま部屋の中にいたのでは、壁をすり抜けて迫ってくる『幽合体』の腕が、どこからやってくるのか分からず不利な状況で戦うことになる。

 だが外に出れば、ヒイラギを探しているクラスメイトたちに見つかってしまうだろう。


「……」


 少し考えて、部屋の外へ出ることにした。

 『幽合体』が出現した時点で、誰かがこの部屋に来るのは時間の問題だろう。

 ならば、ここにいるメリットは何ひとつとしてない。


「そうと決まれば!」


 幸い研究室は1階に位置していたため、壁を破壊して外へ出る。


 それと同時に光剣が消える。自発的に消したのではなく、魔力がなくなったために消えたのだ。

 一瞬めまいがしてふらついた。


「──ァ」


 追い討ちをかけるように、背中に強い衝撃を受け飛ばされた。

 体が浮き、受身も取れずに地面をごろごろと転がった。


「…………」


 もう無理だ、と。

 身体全体が悲鳴を上げていた。いや、もはや悲鳴すら上げられないほど弱っていた。

 目を閉じて力を抜けば、すぐにでも意識は無くなるだろう。そうすればもう目覚めることは無いかもしれない。


 なにをここまで頑張っているのだろう。

 なんでここまで頑張っているのだろう。

 傷だらけになって、疲れ果てて、死にそうになって。


 そこまでして、なにを。


「助け、ないと。アキヅキさんや、シセル……。シビトも、これ以上、罪を……」


 弱った心が、否定する。

 アキヅキも、シセルも、子供たちも、全員既に殺されているはずだ、と。

 もう手遅れだ。

 たとえ間に合ったとしても、こんな状態で行ったところで死体がひとつ増えるだけだ、と。


 納得させようとしている。諦めさせようとしている。

 だからもう頑張る必要なんてない。無駄だ、もうやめよう。

 そんな弱い心も、紛れもない本心だった。


「……」


 薄目を開ければ、『幽合体』がゆっくりと近づいてきているのが見えた。

 ヒイラギをターゲットとしているようで、このまま動かなければそのまま殺されてしまうだろう。


 怖い、という気持ちはあまりなかった。

 怖がる余裕もないというか、受け入れが完了したというか。


 身体が動かない代わりに、思考が冴えていた。


 考えているのは、死なないなんてずるい、とか、傷が治るなんて不公平だ、とか。


 最期だと言うのに、そんな、どうでもいいことばかりで。


(あぁ、終わりか。ごめん、ヨスガラ。お兄ちゃん先に死ぬわ……)


「……」


 『幽合体』が大きな腕を振り上げ、ヒイラギ目掛けて叩きつけた。
























「会う前に、死ねるかァ!」


 全ての力を振り絞って立ち上がり、生命を削った魔力で光の剣を生み出した。


 真上からのしかかる押しつぶされそうな質量。

 地面にめり込みながらも光の剣で抵抗する。


「うぉぉおおおおおおッ!!」


 光魔法は癒しと浄化を担う魔法である。

 ヒイラギは今、生命力──寿命を魔力として使用し、それを光剣と自身の強化に費やすという非効率極まりないことをしていた。


 しかしそれにより『幽合体』と瀕死のヒイラギの均衡は成り立っており、ヒイラギは更に魔力を光剣に注ぎ込む。


「──ああああぁ、らぁッ!!!」

『!?』


 巨大化した光剣は、ついには『幽合体』の力に打ち勝ち、その腕を切り落とした。


「よしっ! ──あ、れ……?」


 力が抜け、倒れた。


 次に一生分の苦しみがいっぺんに襲ってくる。

 脳を弄り回されるような頭痛がした。内臓をぐちゃぐちゃに掻き回されたような気持ち悪さに、全身の骨が折れ、筋肉が断裂してしまったかのような痛み。

 口と鼻から溢れる血で呼吸が出来なくなり、気絶と覚醒を繰り返すため視界は明滅を繰り返していた。


 先程まで死ねないと思っていたはずなのに、早く殺してくれと願ってしまう。


 一瞬の出来事だった。


 もう動けない。

 とんでもない時間稼ぎだった。

 余計に苦しんだだけで、なんの意味もない。


 生きたい理由、死ねない理由を思い出してしまったために、悔いが残る。

 幽霊みたいなモノに殺されるのだから、もしかするとお化けになって化けて出るかもしれない。そしたらシビトの枕元に立ってやる。



 目の前が真っ黒になった。

幽合体想像図

  〇

『 M 』

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