第36話 義妹とのベタすぎる展開
俺は憂鬱な気分のまま、スマートカジュアルな格好に着替えた。詩織からの電話で、少し高めのレストランに行くことが分かったからだ。
本当は行きたくはないのだが、だからと言ってTPOを弁えずに恥をかくのも癪だ。クローゼットの奥から、それっぽい服を引っ張り出してきた。
黒のテーパードパンツに、淡いブルーの襟付きシャツ。その上にネイビーのカーディガンを羽織る。……まあ、及第点だろう。
準備を終えてリビングに出ると、瀬那が目を丸くして俺をまじまじと見つめていた。
「……」
「なんだよ? ジロジロ見て」
「……っ! 朔也くんのそういった格好、初めて見ました! とっても似合っています!」
「お、おう。ありがとう」
「普段よりずっと落ち着いた服装で、いつもより少しだけ大人びて見えますね! なんだか、すごく新鮮というか……そのっ」
瀬那の琥珀色の瞳がキラキラと輝き、なぜか頬までほんのり赤く染まっている。
反応が悪くないのは良いが、食い気味なほどの勢いに少し気圧されてしまう。
「その格好だと、ピアスも落ち着いたものをつけるのですね」
「ああ。さすがにいつものジャラジャラしたやつだと悪目立ちするだろ。レストランだし、シンプルな奴にしておいた」
「はい! とてもいいと思います! ……今度、ぜひその格好で、駅前の綺麗目なカフェに行きましょう!」
「え? お、おう。別にいいけど……」
身を乗り出すようにして放たれた提案に頷くと、瀬那は「約束ですからね!」と嬉しそうに微笑んだ。
な、何なんだ、今日のこのテンションは……。
家を出る前にそんなやり取りがあったが、ルナポートの最寄り駅までの道中は一緒なので、並んで歩く。隣を歩く瀬那の足取りは少し軽く、何がそんなに楽しいのかと疑問に思う。
電車に乗ると瀬那がふと何かを思い出したのか、尋ねてきた。
「そういえば、急に今日集まることになったのって、何か理由があるのですか?」
「大した事じゃないよ。いつも顔を見せない、義兄と姉が今日会いに来るからってさ。……俺には直接関係ない話なんだけどな」
「お兄さんとお姉さんもいるのですね」
「ああ。義兄は詩織の実の兄で、姉は俺の実の姉になる。姉が高校に上がってからはほとんど家にいなかったし、義兄は親同士が再婚した時から一人暮らしだったから、俺も数えるほどしか顔を合わせたことがないんだ」
まあ、姉が家に帰ってこなくなった最大の原因は、母さんのあの過干渉のせいだろう。そのしわ寄せが、全部俺に来た部分は確実にある。
大学の費用を出してもらっているのだから、もう少しぐらいは顔を出してやれよ、とは思うがな。……俺の平穏のためにも。
ルナポートの最寄り駅に着くと瀬那は電車から降りた。
別れ際に「本当に気をつけて」と忠告しておくが、瀬那は「大丈夫ですよ。朔也くんは楽しんできてください」と、完璧な笑顔で逆に気を遣ってくれた。
……あの笑顔の裏に無理があることを、俺は知っている。それでも、行かなければならない。俺にとっては、微塵も楽しめる要素など無いのだけど。
もうしばらく電車に揺られていると、瀬那から『バイト先に着きました』と連絡が来た。
勤務中にあのストーカーが何かしてくるとは思えないし、同僚や警備員もいる空間なら一安心だ。俺は『了解。がんばってな』と一言だけ返信しておいた。
指定されたレストランの最寄り駅に降り立つ。約束の時間まではまだ早い。
ただ、先に詩織と落ち合うことになっているので問題はない。今日の……と言うか、最近の実家の内情を、先に聞いておきたかったからだ。
近くの喫茶店に入り、詩織を待つことにした。
とりあえず席代わりになれば何でもいい。適当に目についたアイスコーヒーを注文し、俺は重い息を吐きながらスマホを開いた。
◇
しばらくすると、詩織から着信があった。すでに店の場所は連絡済みなので入り口付近に目をやると、キョロキョロと辺りを見回している彼女の姿が見えた。
白いブラウスに淡いピンクのスカートという格好。長い黒髪も相まって、いつもより少しだけ大人びて見える。
電話に出て、「そこから右のほうだ」と手を挙げて伝える。
それに気づいた彼女は安堵した顔でこちらに向かってきて、俺の正面に座った。
「お待たせしました、義兄さん」
「呼び出したのは俺だから、気にすんな。……俺のおごりだから、好きなもの注文して」
座った彼女にメニュー表を渡す。
俺とは違い、メニューをじっくり眺めて真剣に考えているようだ。
少しすると、神妙な感じで遠慮がちに話しかけてきた。
「……スイーツも頼んでいい?」
その仕草から、想像していたより可愛らしい内容だったことに思わず笑ってしまった。
時間も時間だし、お昼は食べてきたはずだが、気になったのだろうな。
こういうところは、まだ子供らしい。……俺と一歳しか違わないけどね。
「……何かおかしかった?」
「いや、むくれるなって。大したことではないよ。別に注文していいぞ。せっかくだから俺も頼むかな」
「気になるんですが……」
まだ訝しむ彼女の追及から逃げるように、スイーツ関連のメニューを見る。俺は昨日は食べていないベイクドチーズケーキを注文することにした。
詩織は紅茶と大きめのフルーツパフェを選んだようだ。がっつりいったな、この子。
「勉強の調子はどう? わからないところはないか?」
「うん、今のところは大丈夫。義兄さんの方はどうなの。結構、偏差値高い学校でしょ?」
「うーん、まあ大丈夫じゃないかな。少なくともこないだの中間はランキングに乗ったし」
「ランキング?」
「張り出されるんだよ、五十位ぐらいまでな」
「そんなもんあるんですね。それで……何位だったの?」
「……四位」
「えぇ!? ……頭が良いとは思っていましたが、そこまでとは」
なんとなく言いづらいんだよな、成績って。隠すつもりはないのだけど、自慢する性格でもないからな。
ただ、呆れたような目で見られているのが意味不明だ。
「今日は大人しい……と言うより、大人って感じの服装なので違和感ないですが。いつもの見た目からは想像できないですね、その成績って」
「……学校でもよく言われるよ」
クスクスと笑う詩織。今日のコーディネートも相まってか、いつもより大人に見える彼女が年相応の笑顔を向けると、ギャップがすごくて需要がありそうだ。……何に? と言われてもわからんが。
詩織の注文も決まったことだし、店員を呼んで注文をする。
そして、軽く雑談をしてから、早めに呼び出した一番の理由を尋ねた。
「で、結局のところ、母さんは最近どう? 無理難題を言っていないか?」
「うーん、普通です。私に対しては元々あまり干渉してこないから。……まあ、今日のヒートアップのトリガーは義兄さんだったけどね」
「それは悪かったと思うが……さすがに急すぎやしないか。数日前ならともかく、今日の昼だぜ。しかもこちらの予定をガン無視しているのは何なのさ」
「はは……。そう言えば電話で『今日は無理』みたいなこと言っていたけど、そっちの用事は大丈夫だったの?」
「俺としては全く大丈夫じゃないんだけどな……。一緒にいた相手が頑なに『行ってこい』って言うから、こっちが折れることにしたんだ」
瀬那の顔が脳裏によぎる。あんな無理をして作った下手くそな笑顔をされてしまっては、こちらが折れるしかない。たぶん、仲の良かった曾祖母のことを思い出したんだろう。
……逆に、「行かないで」と寂しそうな顔をしてくれていれば、躊躇なく断れたのにな。――俺は何を考えてるんだか。
「……相手は女の子?」
「……そんなことはない」
「ふーん」
危ない、危ない。顔に出そうになった。
別に隠すことでもないのかもしれないが……なんとなく言いづらいんだよな。下手に言うと、同居していることまで話しそうで怖いってのもある。
ちょうど良く、このタイミングでパフェとケーキ、飲み物が届いた。
「まあ、いいや。美味しそう♪ いただきます」
(……含みがある言い方だな)
「いただきます」
このチーズケーキはそこまで甘くないが、食べやすい。チーズケーキ独特の舌触りと、レモンの風味が良いアクセントになっている。
前を見ると、詩織が大きなフルーツパフェを幸せそうに頬張っている姿が見えた。普段は大人びているのに、こういう時は年相応の顔をする。
ふと見ると、彼女の頬にちょこんと白い生クリームが付いていた。なんというか、ベタだ。
世のラブコメや少女漫画なら、ここで「クリームついてるぞ」と指で拭き取ってやるのが、いわゆる『イケメン』のテンプレなのだろう。
……もちろん、俺はやらんけど。
「詩織、右の頬にクリームついているぞ」
「えぇ!? 嘘、恥ずかしい……っ」
慌てた詩織が、見当違いの左頬をペシペシと触ってクリームを探している。……行動までベタすぎるだろ。
「違う、こっちだ」
「あっ……。えっと、あ、ありがとう」
ここまでテンプレを見せられたら、最後までベタな様式美でやり遂げた方がいい気がして、俺の中で何かのスイッチが入ってしまった。
テーブルにあった紙のおしぼりを開け、身を乗り出して、詩織の頬のクリームを直接サッと拭き取ってやる。
さっきは「やらん」と心の中で誓ったばかりだが、あれは嘘だ。……これもベタだな。
至近距離で顔を拭かれた詩織が、少しだけ顔を赤くして固まっている。
……完全にやりすぎた感はあるが、今更だ。こういうのは堂々としていた方がダメージが少ない。
変な沈黙が落ちそうになったので、俺はわざとらしく咳払いをし、かねてから気になっていた話題を振ることにした。
「そういや、高校はどこを受験するか決めたのか?」
「……はっきりとはまだ決まっていないかな。幾つか候補は挙げているけど、ピンとこないのですよね。学力のちょうど良いところにするか、少し冒険するか。もういっそのこと、遠くの学校を選ぶかって感じです」
「遠くって……。北海道でもいくか?」
「ふふっ。何で北海道なのですか? いくら何でも遠すぎますよ」
なぜか笑われた。北海道は良いところだと思うけどな。行ったことないけど。
「そう言えば、義兄さんが通っている学校も、そろそろ学校見学会がありましたね」
「学校見学会か……。そういや、そんなこと担任が言っていたかもしれない」
「せっかくなので、行ってみようと思います。その時は連絡するからね」
「ああ、わかった」
学校見学会のことは、三波先生が言っていたような気がする。
来るのは構わないが、俺の家族だと思われると、周りから詩織に迷惑がかからないかだけが心配だ。
後は……浩紀や和人はともかく、瀬那が知ったら、間違いなく絡みに行きそうな気がしてならない。いや、絶対に行くだろあいつ。
◇
お互いの近況と取り留めない雑談をしていると、十五時を回った。あまり長居をしても店に迷惑ではないかと思い、出ることにした。
まだ集合時間には早いので、近くのショッピングセンターに向かう。詩織は受験勉強ばかりで最近あまり買い物に行けていないらしく、ウィンドウショッピングを終始楽しんでいたので、連れてきて良かったと思う。
せっかくなので、彼女が欲しがっていた服を二着ほど買ってプレゼントした。これから受験が本格化すると、余計に買いに行けなくなるだろうからな。
「ありがとう。でも良いの?」
「大したものではないよ。それに、いつも迷惑かけているし」
「迷惑ってことはないけど……。そういうことなら、ありがたくもらっておきます」
「そうしてくれ」
少しずつだが、兄妹っぽいやり取りと言うか、自然な話し方ができてきている気がする。お互いにな。
そんなことをしていると、待ち合わせの時間がやってきた。
俺たちはレストランがあるビルの、二階にあるロビーに向かった。
まだ誰も来ていなかったので、二人でソファに座りながらスマホでレストランのメニューを見て時間を潰す。
少しすると、入り口から両親が入ってきた。養父の『誠司』と実母の『夜香』だ。俺たちは立ち上がり、二人を出迎える。
「久しぶりだね、朔也くん。元気にしてたか?」
「久しぶり、朔也。ちゃんと一人暮らしできているの? 勉強を疎かにしていない?」
「お久しぶりです、二人とも。大丈夫、元気にしているよ。勉強もそれなりの成果は出しているし、食事もちゃんと食べているから心配いらない」
「……それならいいけど。少しでも成績が落ちたり、生活態度が悪ければ、すぐに家へ連れ戻すから」
再会してものの十秒。母さんの口から出たのは、労いの言葉ではなく、値踏みするような冷ややかな威圧だった。
今日の昼に俺が呼び出しを一度断ろうとしたのが気に食わなかったのだろうが、知ったことではない。何と言われようと、あの息苦しい実家に帰るつもりは一切ない。
「二人は一緒に来たんだな。詩織は、何か買ったのか?」
「え? えっと……」
養父さんに聞かれ、詩織はどう言ったらいいかわからないようで俺の方を見た。
別に隠すことでもないので、そのままのことを言う。――というのは嘘だ。正直に『親の現状を先に聞いて対策を練っていた』なんて言えるわけがないので、少し濁して言う。
「詩織はいつも家事が大変だろうから、早めに合流して労っていたんだよ。受験勉強ばかりで大変だって言っていたから、久しぶりに買い物を楽しんでもらったんだ。せっかくだし、気に入った服をプレゼントしただけ。義兄らしいことをしてみたんだよ」
「……うん、そんな感じです」
「そうか……。気を遣わせたね」
「義兄だからね、普通のことだと思うよ。気にしないで」
「ふうん。あなたに他人に気を遣うって考えがあったのね」
「……」
鼻で笑うような母の言葉に、俺は奥歯を噛み締めた。
わざわざ、一言余計な棘を刺さなくてもいいのにな。こういう所が決定的に合わないし、嫌悪感を抱く原因なのだが、母さん自身は全く無自覚なのだろう。
俺がここで反論しても面倒な口論になるだけなので、感情を殺してスルーする。横にいる詩織は空気を読んで愛想笑いを浮かべているが、養父さんは我関せずといったように表情一つ変えない。相変わらず、いびつな家族だ。
そんな重苦しい空気が漂う中、ロビーの入り口から二十代の男女が並んで歩いてきた。
久しぶりに見る、実姉の『朔葉』と義兄の『晃司』だ。
……この二人も一緒に来たのか。
実家にほとんど寄り付かない姉と、親の再婚時からずっと一人暮らしをしている義兄。接点など無いはずの二人が並んで歩く姿を見て、俺の中の疑念が確信に変わる。
やっぱりこの二人は、親同士が再婚する前から知り合いだったのだろう。
(頼むから、今日の食事会は無難に終わってくれ……)
俺は心の中で切に願った。
――これから始まる食事が、砂を噛むような最悪の時間になるだろうと、本能で察しながら。
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