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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第一章

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第29話 中間テストを経て

 恥ずかしい思いをしながら膝枕を堪能した後、俺たちは夕飯の準備を再開した。

 瀬那は発作明けの俺に休んでいて欲しかったようだが、長時間の膝枕の影響で、肝心の彼女の足が完全に痺れて動けなくなってしまったのだ。その隙に、俺がキッチンに立って調理を進めてしまったというのが事の真相だ。


 ……もちろん、ラグの上で生まれたての子鹿のようにプルプルと震えている彼女の足は、指先でツンツンと突っついておいた。

 先ほど『少しぐらいの悪戯は許される』と言質を取ったばかりだからな。


「くっ……ひっ、朔也くん! ひどいです! さっきまでのあの弱々しい態度はどうしたのですか……っ!」


 涙目で抗議しながら床で身悶えする瀬那は、控えめに言って面白可愛かった。その後も「やっぱりいじわるさんです……」と呟いていた。


 俺の中には、若干の気まずさがあった。過去の弱さを知られてしまったことに加え、膝枕だ。男子高校生としては憧れるシチュエーションだろう。しかし、瀬那は気にしていないのか、次の日に起きた時も至って普通だった。恥ずかしくないのだろうか。

 ……まあ、あの夜も俺のベッドに潜り込んでいたのだから、今更膝枕ぐらいでは恥ずかしいと思わないのかもしれない。


 そんなこんなで、俺たちは一学期の中間テストを迎えていた。

 特進クラスから目の(かたき)にされているのをすっかり忘れていたが、特に何もされてはいなかった。実力テストの順位は「たまたま」という認識なのかもしれない。それならそれで都合が良いけどな。


 念のため、瀬那にも特進クラスから何かされていないか訊いてみたが、特に何もないとのことで安心した。ただ、俺の事情を説明すると、彼女は可笑しそうに笑っていたが、「それなら中間テストも頑張らないといけませんね」と、目は全く笑っていなかった。


 そして今日、掲示板に中間テストの学年順位が張り出された。


 1位 1-A(総合進学) 南雲 瀬那   496点

 2位 1-S(特進)   榊原 恒一   463点

 3位 1-S(特進)   白鳥 琴音   454点

 4位 1-D(総合進学) 東條 朔也   452点

 5位 1-S(特進)   鷹司 綾音   446点


 ……やり過ぎではないですか、瀬那さん。

 平均点から考えても今回のテストは結構難しかったはずなんだが。ほぼ満点じゃないか。

 浩紀と和人と一緒に順位表を見て唖然としてしまった。


「なあ、ファッションヤンキーの朔也さん。あなたの順位、さらにおかしくなってないかね?」

「……そうみたいだな。南雲に教えてもらったからかもな」

「俺らも順位だけ見たら上がっていたけどさ。お前はおかしい」

「俺も二人に教えてもらったお陰で、悪くなかったよ。本当にありがとうね」


 梅沢が騒いだ一件の後も、俺たちは時間が合えば勉強会をした。土曜日も勉強会をしていて、その時の会場は俺の家だった。そりゃ、一人暮らしの友達がいて、それなりに広い部屋で、しかも学校の近くにあれば、使いたくなるのもわかる。

 一悶着……って程ではないが、家の中から『瀬那の生活の痕跡』を残さないように隠すのが本当に大変だった……。


 瀬那も、まるで俺の家に初めて訪れた同級生のように振る舞って過ごすのが大変だったと、後から聞いた。お昼に二人でこっそり仕込んでおいた料理は浩紀たちからの評判が良かったので、そこは素直に嬉しかった。

 ……ぶっちゃけ、同居がバレても大丈夫な奴らだとは思うので、面倒になったらバラすつもりではいた。だが杞憂に終わったので、もう少しだけ、これは二人だけの秘密になりそうだ。


「それにしても南雲さんはすごいね。一位もそうだけど、点数が圧倒的だよ」

「それは俺も思った。やりすぎじゃないかと思うぐらいにな」

「ふふっ、私も皆さんと一緒に勉強したからできたのですよ」

「「!?」」


 いつの間にか、俺たちの後ろに瀬那と、彼女の友達らしい女子二人が立っていた。その友達二人は和人の近い位置に居て、一人は彼をキラキラした顔で見上げながら、わかりやすく乙女の顔をしていた。

 さすが和人! さすカズ!


「一位、おめでとう」

「ありがとうございます。東條さんも四位じゃないですか、すごいですね」

「南雲に比べたら、点数はずいぶんと低いけどな」

「そこまで違わないと思いますが……」


 瀬那は順位表を見上げて言った。その顔には笑みが浮かんでいたが、学年一位であることが嬉しそうな顔ではなく、どこか安心したような顔だった。

 そう言えば、実力テストの時も「よかった」と言っていたのを思い出す。


(あの時、俺と目が合った時に微笑んでいた理由も、いまだにはぐらかすんだよな……)


 自宅でテスト勉強している時にそのことを思い出し、直接訊いてみたのだが、「今は教えられません♪」と楽しそうに拒否された。話す感じからして嫌な意味ではないのは明白だからいいが、やはり気にはなる。


「せっかくだから、お二人さんが上位取ったってことで、今度お祝いで遊びに行かないか? テストも明けてひと段落したことだしさ。いつもの勉強会の面子でさ」

「それ良いね。俺が部活がない時にしてくれよ?」

「任せとけ! 土日のどちらかでいいだろ。二人も良いよな?」


 浩紀と和人がトントン拍子に計画を立てていた。勉強会の面子と言えば、ここに愛莉を入れた五人のことだ。断る理由もないので、了承する。


「私は大丈夫ですよ」

「俺も構わないけど、何するんだ?」

「うーん、まだ思いつかないけど、ご飯と何か運動できることがいいかな」


 愛莉に聞かないで決めているが……まあ、あいつが断るとも思えないな。

 和人の横にいる瀬那の友達二人も仲間に入りたそうにしているが、なかなか口を出せないようだ。

 ……柄の悪い俺がいるからかもな。かと言って、俺が今ここで抜けるのは不自然すぎる。

 目線と顔を少し動かして、瀬那に合図を送る。瀬那はそれに気づき、友達二人に声をかけた。


木内(きうち)さんと金森(かなもり)さんもいかがですか? もう一人、E組の倉木愛莉さんが加わる予定ですが」

「いいの? ……勉強会には参加していないけど」


 二人のうちの一人、多分『金森さん』の方が遠慮がちに確認してきた。

 瀬那は俺たち以外と遊ぶことがほぼないらしい。その瀬那に誘われるという珍しさなのか、和人効果なのかはわからないが、思ったより乗り気だな。


「気にしなくていいよー。別にメンバーにこだわっているわけじゃないしな。……あっ! こいつが怖いって言うなら、ちゃんと首輪つけておくから安心してな!」

「おい」


 浩紀がそう言って俺を指さす。とりあえず、呆れた顔でその指を逆に曲げておいた。「痛っ!」と横から聞こえたので、「人を指さしてはいけないことが、身をもってわかって良かったな」と返しておく。


「大丈夫ですよ。以前にもクラスの皆さんにお話ししましたけど、東條さんは見た目で少し誤解されやすいですが、とても常識的で優しい方ですから。ね?」

「……待て。南雲、それを本当に教室で言ったのか?」

「えぇ。そう言いましたよね、木内さん?」

「う、うん。南雲さんは言っていましたよ」


 マジか……。瀬那が本当にクラスで、優等生スマイルを全開にして俺をフォローしてくれていたとは。

『怖くないですよー。彼は無意識に威嚇しているだけですよー』なんて、俺の家でドヤ顔で話していたが、内容は違っていても、本当に言っていたとは。冗談かと思っていた。

 事実を知った俺が、顔を熱くして居た堪れなさに身悶えしていると、「キーン、コーン……」と無情にも予鈴のチャイムが鳴った。


「まあ、遊びに行くかどうかは考えておいてー。こいつがどうしても怖いなら、俺が見た目だけでも怖くないように、当日までに爽やかプロデュースしておくからさ」

「まだ言うかお前は……」

「ふふっ。楽しみにしていますね。では、また後で」


 瀬那は俺に向かって小さく手を振り、木内たちと一緒に歩き出した。俺たちもそれに倣って自分の教室に向かう。

 その時の和気藹々とした俺たちの様子を、少し離れた場所から、怒りを隠さない鋭い視線で睨みつけている者がいることに、誰も気づいていなかった。


 ◇


 昼休み、事件が起こる。いや、事件と言うほどではないが、面倒なことが目の前で起きていた。

 いつもどおり食堂で浩紀と食事をしていた。和人は部活のメンバーと食べている。どうやら練習試合があるらしく、そのことで集まっているらしい。

 もちろんそれは問題はない。問題なのは、俺の近くのテーブルで起きていることだ。


 友達と座って食事している瀬那と、その前に立って見下ろしている、メガネをかけた、いかにも優等生といった男子。その後ろに、取り巻きの生徒が三人ほどいる。三人のうちの一人は、野外学習でいじめられていた子だ。名前は忘れた。

 このメガネの男子、見たことがあるが……誰だ?


「南雲さんだよね? どうして特進クラスに来ないんだ?」


 いきなり何を言い出すかと思えば、『どうして特進クラスに来ないんだ?』か。うーん、遊びの誘い――ではなさそうだ。


「先生にもお断りをお伝えしましたが、私が特進クラスに移動することはありません」

「どうしてだ! 君みたいな優秀な生徒が、普通クラスにいるのはおかしい!」


 『普通クラス』とは『総合進学クラス』のことだ。特進クラスからしたら、ただの普通のクラスってイメージなのだろう。『総合進学クラス』と名乗っているが、他の学校の『普通科』と同一なので、別に間違いではない。

 ただ、彼らの言葉の端々には、明らかな侮蔑が混じっていそうだけどな。


「おかしいと言われましても、別段、特進クラスに入りたいと考えたことがないですし。もし考えていたら、入試の際に希望していますよ」

「……君みたいな、き、綺麗で頭が良い子が普通クラスで生活するのはもったいない」

「そんなこと言われても困ります」


 この話の様子からすると、特進クラスに編入するよう打診されたのだろう。

 瀬那は、いつもの優等生の仮面がいっそう厚くなった印象の表情と声をしている。いつものにゃーにゃー言って被っていた猫は鳴りを潜め、完全に臨戦態勢に入っているようだ。いつもの仮面の愛想の良さがなくなりつつある。

 あと、どもるぐらいなら「綺麗」とか言わなければいいのにな、少年よ。


「おい、朔也。助けに行かないのか?」


 静観している俺に、浩紀が小声で話しかけてきた。


「微妙だな。まだ俺が助けに入るほどのいざこざではない。それにさっき少し目が合ったが、首を横に振られた。必要ないってさ。多分、俺が出ていくと面倒なことになると思っているのだろうな。特進の担任が俺で煽っているってことを言ったこともあるし」

「……無言で、しかも目線だけで意思疎通できるほど仲いいんだな」

「……おい」


 場の雰囲気を考えてほしいのだけど、なぜにやにやしている浩紀さん?


「それに、最近DだかEクラスの素行の悪い不良に絡まれているそうじゃないか。何かされないうちに、特進にくれば防げると思うけど。君も迷惑しているんじゃないか?」

「…………」

「あれは普段何をしているかわからないやつだ。後悔しないうちに離れた方がいい。それに今回のテストの点数だって、あんな不良が高得点だなんて、本当かどうか怪しい。裏でカンニングでもしているに違いない!」

「……(にこっ)」


 おい、その噂の不良本人がすぐ近くの席で弁当を食ってるんだけど、気づいていますか?

 向かいの席にいる浩紀も、さっきまでにやにやして俺を見ていたが、目線をメガネくんに戻した瞬間、その目からスッと温度が消えた。

 そして、瀬那の笑顔が何よりも怖い。いつもの愛想の良い柔らかい感じは表面上そのままだが、怒気をはらんでいるのがわかる。


 それに気づかないのか、メガネくんを筆頭に、後ろの取り巻き二人も我が意を得たりとばかりに追従する。


「そうですよ。あんな不良とつるんでも、南雲さんにはデメリットしかありませんし」

「点数だって、どうせ裏で教師に色目でも使って何かやってるんですよ」


 ――ピキッ、と。

 瀬那の被っていた分厚い優等生の仮面がひび割れ、内側からどす黒い怒気が漏れ出す音が聞こえた気がした。目の前の浩紀も、笑っていない。いらだちを隠せないようだ。

 まさかこんな俺が、俺への侮辱のせいで本気でキレてくれる友達を持つことになるとは。天国の両親も泣いて喜んでくれているだろう。……いや、親はまだピンピンして生きているけどな。


 ただ、これ以上放置すれば、瀬那と浩紀が物理的に爆発しそうなので、いい加減俺が止めないとな。

 この二人の評判を、俺なんかのために落とさせるわけにはいかない。

 俺は静かに席から立ちあがって、誰にも気づかれないように彼らの背後へ歩み寄る。


「だから、僕と一緒に赤口先生のところに行こう。君の手を引いてでも――」


 そう言ってメガネが、強引に瀬那の細い腕を掴もうと手を伸ばした。

 ……が。その手が彼女に触れる数センチ手前で、俺が横から彼の手首をガシッと掴んで止めた。


「なっ……! お、お前は……!」

「名前は知らないけど、話からして特進の奴だろ。南雲が嫌がっているから、そろそろ止めてやりな」

「お、お前には関係ないだろ! あと、知らないって何だよ、僕はお前より成績が上だぞ!」

「直接絡んだことがなければ知らねえよ。……ってか、南雲。この人だれ?」


 俺は彼の手首を掴んだまま振り向き、瀬那の方を見た。その顔には先ほどまでのひび割れそうだった怒気は消え失せ、いつもの仮面に戻っていた。いや、少しの安堵と、「何故来たのですか」という呆れ混じりの表情をしていた。


「……特進の榊原さんです。入学式で新入生代表のスピーチをした方です」

「あぁ、ランキングが二位の奴ね。どおりで見たことがあるわけだ。……で、榊原。これ以上絡んでいたら、昼休みが終わっちまう。そうなると南雲がお昼ご飯を食べ損ねて、午後からの授業で空腹で倒れても、お前は責任取れるのか?」

「うっ……! わ、わかったよ! 南雲さん、特進クラスへの移動、もう一度よく考えてみてください!」


 そう言って俺の手を乱暴に払った榊原は、瀬那にもう一度要求だけ残して、取り巻きを引き連れてそそくさと去って行った。


「……あの。私、一食お昼を食べ損ねたくらいで倒れるような、か弱い設定でしたっけ?」

「まあ、俺みたいな柄の悪いのに絡まれてるって噂よりはマシだろ? それに、その線の細い見た目なら、周りも『そうかも』って勝手に納得してくれるさ」

「……もぅ。雑なんですから」


 少し優等生の仮面がズレてジト目になっているが、さっきの怒り狂った顔よりは幾分ましだろう。

「じゃあ俺は戻る」と踵を返す俺の背中に、「……助けてくれて、ありがとうございました」と、瀬那は俺にしか聞こえないような小さな声で、優しく語り掛けた。


 自分の席に戻ると、浩紀がまた「やるじゃん」とばかりににやにやしていたので、机の下で思い切りすねを蹴り飛ばしておいた。


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