第116話 文化祭の出し物の決定
文化祭の出し物が多数決で決まってしまった。
どう考えても、俺が関わりそうな内容――『アクセサリー作成と販売』。
聞いていなかった俺が全面的に悪いのだけど、それにしても浩紀め……
出し物が決まったが、それに学校側が了承を出すかは別なだったのだけど――
「内容は決して悪くはないと思いますよ。あとは、この学校らしさが出せるかどうかですかね」
と、担任の三波先生が言うので、学校側としてはクリアしていそうだ。
『この学校らしさ』……この学校は進学校だが、別に勉強だけを大事にしているわけではない。勉強だけを重んじているのは特進コースだけで、それ以外のコースでは『一に勉強、二に勉強』といったスパルタでもない。
特殊なのは、経営方面の取り組みをしているところだ。『総合進学』というコース名には、ただの進学だけではなく、『進むべき先に経営も候補として入れる』という意味も含まれているとのことだ。……さすがに無理矢理だろ。
伝統あるこの学校が、考え方を今の時代に合ったものへと変化させていっているのも、私立であるがゆえの柔軟さなのだろうか。
話を聞くと、理事長が朱門さんになってから、こういう変化を出し始めているらしい。若い人の考えがうまくマッチした状態なのだと思う。
大きな変化としては、来年度から二学期制になり、テスト期間が減る形になる。その代わり、テスト一回の重要度が上がったとも言える。
話が逸れたが、この方針で動いているこの学校では、文化祭も『ただの祭り』ではなく『経営の練習』という目的もあるらしい。そのため、各クラスに割り当てられた予算が他校に比べて多くなっていて、その予算内でどれだけ効率よく、無駄なく利益を出せるかも評価の対象になっている。
ただし、この評価はプラス方向のみに限られる。マイナス評価になることはない。たとえ失敗したとしても、それは良い経験だということで、文化祭後に出すレポートに反省点がちゃんとまとめられていれば、評価がゼロではなく、加点される仕組みだ。
受験の教科に入るわけではないが、内申や推薦面接時には影響があるらしい。
「さて、朔也。何が必要になるんだ?」
学校側……もとい、文化祭実行委員会に提出する資料作成のため、浩紀は俺に必要なものを聞いてきた。実現可能かどうかを、簡単にでも伝えるのだろう。
「アクセサリーと言っても、ものによるのだが。レジンだけを考えたらいいのか?」
「そういや、お前、シルバーやレザーも作ってたよな」
「そこは言わなくていい。……ただ、その二つは文化祭向きじゃない。シルバーは火や薬品を使う工程があるし、原価も高めだ。レザーは切って、穴を開けて、縫うだけならできなくはないけど、道具代がかかる上に時間も食う。初心者を何人も同時に見るには、ちょっと厳しいと思う」
「そうなのか。やっぱ詳しいな! さすが! 店におろしているだけはあるな!」
「お前……マジで余計なこと言うな」
浩紀が口を滑らせたのは余計だったが、周りの連中はヒソヒソ言うだけで、そこまで騒がなかったのが助かった。
高校の文化祭で出すのなら、この二つは対象外だろうな。
「まあ、そういう意味でもレジンで作るのはありだろうな。レジン液は百グラムで千円前後。安いものなら六百円台、高いやつだと二千円くらいしたかな。装飾を付けるなら、百均のリングとか、ネイルのラメやホログラムが使えるから安上がりだ。何より UV・LED 加工なら、怪我の心配はほぼない」
「なるなる。その加工って、あのドーム型ライトのやつだろ? 値段っていくらぐらいするんだ?」
「ピンキリだけど……百均で買えるようなものでもできなくはない。ただ、できれば据え置きの方が楽だと思う。それでも二、三千円ぐらいで買えるし、終わった後に誰かが引き取るのなら、五千円ぐらいの多機能モデルでもいいかもな」
「へー。ちなみに朔也のは、どれくらいしたんだ?」
「四千円ぐらいだった気がするが、覚えていない」
浩紀相手だったためか、スルスルと警戒なく答えてしまった。
その回答を、浩紀の隣で斎藤がメモしていた。こんな回答で通るのだろうか。
「よし、大丈夫そうだな。あー、忘れてた。これをする上での危険って何があるんだ? 火も使わないし、刃物もハサミぐらいか?」
「……簡単に出てくるのは――」
一、アクセサリー用のレジン液を人体、主にネイルに使わない。火傷やアレルギー反応が出る可能性。
二、UV-LED ライトを直接目で見ない。
三、誤飲。
四、換気不足による頭痛や気分不良。
五、電源の容量オーバーおよび、タコ足配線での火災。
「――といったところか」
「お前、なんでそんなにスラスラ出てくるんだよ」
「普通だろ。……お客さんにも加工させるのなら、『一』が一番やりかねないんじゃないかな」
「OK! これも付け加えて説明するわ。まあ、幸い防ぎやすいものばかりだな」
どうやら俺の出番は終わったようだ。小さく「ふぅー」とため息をついて、視線を本に戻した。
ツンツン。
「どうした?」
またしても俺の肩を叩いたのは、横に座っている雫だった。
「ねぇねぇ、朔也くんってネイルもできるの?」
「何を基準にできるかによるが……まあ、人にならやったことがある」
「それって……やっぱり南雲さん?」
どういう意図なのか読めないが、雫が瀬那に何かをするとは思えない。やるとしても勝負を吹っ掛けるぐらい……ネイルで? どうやって?
「そうだな。瀬那と、あと愛莉。この間うちに来た時、やってほしいと頼まれてな。サンダルがどうこうって言っていたけど」
「……いいなぁ」
ぽつりと漏れた雫の声に、俺は首を傾げた。
「やりたいのか?」
「あっ、いや、その……! 私は部活あるし、爪も短いから無理かなって思うんだけど……でも、短い爪でもできるのかなって」
「できるぞ。むしろ短い方が生活しやすいし、軽く色を乗せるだけでも印象は変わる。あとは手が無理でも、足の爪なら大丈夫じゃないかな」
「そ、そうなんだ……」
雫は少しだけ視線を泳がせてから、遠慮がちに俺を見た。
「じゃあ……文化祭の準備で時間があったら、私にもやってくれる?」
「別に構わないよ」
「……っ、そっか。ありがと」
嬉しそうに弾んだ雫の声が、不意に静かになったクラスに響いた。
急に周りから注目を浴びてしまった雫は、しまったというように顔を赤らめ、慌てて俯く。
それと同時に――。
「……おい、聞いたか? あの東條、ネイルできるらしいぞ」
「ていうか、南雲さんがいるのに水野にもやるの……?」
「でも水野さん、今ちょっと嬉しそうじゃなかった?」
クラスメイトたちの困惑と非難が入り混じったような視線が、一斉に俺へと突き刺さった。
傍から見れば『彼女持ちの男が、クラスの女子とネイルをする約束でイチャついている』という完全にアウトな構図になっていることに、ようやく気がついた。
そんな俺の痛恨のミスを見た浩紀は、「お前、マジで何やってんだか……」と頭を抱えて呆れた顔をしており、和人に至っては『南雲さんが知ったらどうなるかな?』と言わんばかりの柔和な笑顔を浮かべていた。
笑っているのに、なぜか責められている気がする。和人のこういうところ、たまに本気で怖い。
……マジでやらかした。
◇
放課後、今日は学食が開いていないので、定番となった近くのファミレスへみんなで向かうことになった。文化祭の話もあるし、瀬那にも今日のことを話しておきたい。
浩紀は文化祭実行委員会へ提出があるので今はいない。
和人と一緒に待ち合わせ場所の昇降口へ向かっていると、廊下の空気がざわついているのがわかった。
「あれ、三年の……」
「一学期の終わりに、公開告白した先輩じゃない?」
聞こえてきた言葉に、俺は思わず足を止める。
視線の先にいたのは、見覚えのある整った顔立ちの男子生徒。
そして、その視線はまっすぐ俺に向けられていた。
「……一葉虎真先輩か」
明らかな敵意を感じる。たぶん俺に用があるのだろう……これは面倒なことになる。そんな予感だけは、嫌になるほど当たる。
彼は俺とばっちり目が合うと、周りの生徒たちを威圧するようにかき分けて、ズカズカとこちらに向かってきた。
嫌な予感というのはどうしてこう、外れたためしがないのだろう。
そして俺の目の前まで来ると――
「お前が東條か? 瀬那ちゃんと付き合っているって噂は本当か?」
――凄むような、あからさまなけんか腰で問うてきた。
だから俺は、ただ事実のみを淡々と返すことにした。
「東條は俺だし、瀬那と付き合ってるのも本当だけど。……で、あんた誰?」
そう言って、首を傾げてみせた。
2026.10.03 誤情報を修正。「受験の五教科に」→「受験の教科に」。五教科って……




