幕間 朱門の想定外な報告
Side:朱門 美乃里
八月の上旬、久しぶりに瀬那から連絡が入った。
驚きよりも先に、胸の奥が温かくなる。可愛い姪の頼みを断るなんて、私の選択肢には最初からなかった。
瀬那の頼みは「お墓参りに行きたい」という、至極まっとうなもの。本来なら、お寺に一本連絡を入れれば済む話だ。
(南雲家の馬鹿みたいな問題さえなければ、簡単なことなのにね……)
そう判断した私は、すぐに父と兄のスケジュールを密かに確認し、瀬那が訪ねても問題のない日時を洗い出した。
(父はともかく、兄に会わせるのは絶対に駄目。そこは譲れないわ)
父一人であれば、大きな問題は起きないはず。とはいえ、父が現在の立場にある以上、一人で動くことはまずない。必ず付き人がつく。その中に、余計な真似をする輩が紛れ込まないとも限らない。
だからこそ、確認は徹底する必要があった。
事情をよく知る相馬にも協力をお願いしたところ、見返りとしてデートに行くことになった。
……それは本当に見返りで合ってます? 相変わらず、素直じゃない男ね。
少し気になることがあったので、念のため東條くんに電話をかけた。
……多分、瀬那が一番信頼している相手。
「お久しぶりね。今、大丈夫かしら?」
「お久しぶりです。大丈夫ですよ、瀬那は近くにいません」
私の問いかけに、彼は意図を読んでさらりと答えた。
私は瀬那からお願いがあったことを伝え、一つお願いをした。
「――お寺にも朱門家にも話は通したけど……正直、何があるかわからないから、面倒かもしれないけど、一緒に行ってあげてほしいのよ」
「もちろんです。それに彼女を護るのは当たり前です。……あ、そう言えば、正式に付き合い始めました」
「そう、あり……えっ?」
彼なら嫌とは言わないと考えていたし、返事の前半は予想できた。素直にお礼を言おうとしたら……何かぶっこんできたわね、この子。
「ちょっと待って……えっ?……まだ、交際していなかったの?」
「そうですよ。当たり前じゃないですか」
「そ、そう……まあ、おめでとうって言っておくわ。一応、瀬那には知らないことにしておくから」
「あー、そうですね。その方が良いかと」
彼の反応に、自分がおかしいのではないかと不安になる。
電話を切ると、ちょうど紅茶を淹れて持ってきてくれた相馬に聞いてみることにした。
「……最近の若い子って、交際しなくても家に泊めるものなのかしら?」
「さあな、俺も知らないよ。特にあの二人の境遇は特殊だろうから、『普通』には当てはまらないんじゃないか。まあ、いいじゃないか、瀬那がおめでたいならさ」
「そう……そうね、瀬那が喜んでいるなら良いかしら」
少し疑問に思うも、瀬那が幸せならそれで良いわ。
ただこの時の私は、自分の力ではどうにもならない偶然が、あの日を狂わせることを、まだ予想できていなかった。
◇◇◇◇◇
「はぁ……もうイヤ。なんでこのタイミングで台風が来たのよ……」
瀬那のお墓参りに付き添ってくれた相馬から、お墓で父と遭遇したことを聞き、状況を調べた後。
私はソファにどかっと座り、横にいる相馬の肩に頭を乗せて愚痴をこぼした。
肩に頭を預けた瞬間、張り詰めていたものが少しだけほどけた気がした。悔しいけれど、こういう時に隣にいるのがこの男でよかったと思ってしまう。
「俺も驚いたよ。まさか、あのタイミングで景時様に会うとは思わなかった。それに加え、朱門家のお付きだけならともかく、貴臣のアホと海澄までいるとはな」
仮にも宗家直系の子供をアホ呼ばわり……。
私の甥ながら、言いたくなるのはわかるけど、私でさえ言わないようにしているのに、この男は……。
「まあ、仕方ないだろ。台風が来るなんて、あの時は誰も予想できないだろうしな。まさか、景時様の延期日が瀬那の訪問日と重なるとは思わないさ。……これも、美乃里の運の悪さかもしれないけどな、くくっ」
「うぐぅ……」
……否定できないのが悔しいわ。
私がここぞって時にやらかすタイプなのを知っている相馬は、ひとしきり笑った後、私の肩を抱き、珍しく慰めるような口調で言った。
「安心しろ。お前の不運のせいにするには、今回の台風は規模がデカすぎる」
「そ、そうよね」
そうだとは思うけど……運が悪すぎる。
嫌味混じりの慰めなのに、不思議と胸の奥が軽くなる。相変わらず腹の立つ男だ。……腹が立つくらい、私の扱いをわかっている。
「瀬那が落ち込んでいないと良いけど……」
「それは大丈夫だろ。あの朔也が何もフォローしないわけがない」
「あら、あなたにしては珍しく評価しているのね」
「ああ、あいつはやる奴だと思うぜ。現に南雲家がどういう規模の家か予想できているくせに、その嫡男に対して啖呵を切れるぐらいだからな」
その話を聞いた時は私も驚いた。
ナイフを持ったストーカーに真正面から対峙する度胸があるとはいえ、あの広くて特殊な墓地を見ても怯まずに言い合えるなんて……彼は本当にただの高校生なのだろうかと疑ってしまう。
「瀬那との関係がなかったら、うちに誘っていただろうな。……瀬那のことを考えたら、それはできないが」
「そうね。それは私もそう思った」
彼の物怖じしない性格、それに洞察力。
並大抵の高校生ではないことは、誰が見ても明白ね。学校での成績も良いし、あの調子なら頭の回転も良いはず。……うちに欲しいわ。
「まあ、それは追々だな。……それよりも美乃里」
「何かしら……きゃっ!」
私はそのまま、ソファへ引き寄せられるのだった。
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