38 産業革命、失敗
中村マイケル先生と別れた後、シンは金物屋に入る。先生のように地道な活動を行うのもよいが、やはりシンとしては自分の持つ知識で大きく世の中を変えたい。シンは小さめのやかんに鍋、網を買った。
続いてシンは工具店に入り、板を数枚と棒数本、釘、さらにのこぎりを買う。最後は雑貨屋でロープとコルクを買い、昼前に王宮に帰還した。
昼食後、シンは王宮の庭で工作を始める。芝生が広がる気持ちのいい場所だ。羽流乃と麻衣は、不思議そうにシンを見守る。
まずシンはのこぎりで板を切ろうとする。しかしのこぎりは刃が弱く、全く切れない。少し動かすと全体が歪み、目がこぼれる。この世界の冶金技術が低すぎるのだろうか。シンは曲がってしまったのこぎりを見て文句を言う。
「なんでこんなにへたれるのが早いんだよ……。これじゃあ使い物にならないじゃないか」
そこで麻衣と羽流乃が発言する。
「そりゃあ、シンちゃんじゃ無理やろ」
「ミスリル合金は魔力を流さないと、柔らかすぎて用を為しません。貸してくださいまし」
羽流乃はシンからのこぎりを取り上げる。羽流乃が持つと、シンが使って全体がぐにゃりと曲がっていたのこぎりはピンとまっすぐに伸びた。心なしか光沢まで増している。魔力に反応する形状記憶合金なのだろうか。
「なんだよそれ……。じゃあ俺、何もできないじゃん」
ミスリル合金は魔力を帯びることで硬度を大幅に増し、実用に耐えるようになる。この世界では広く普及している金属であり、使えないと話にならない。
仕方なくシンは羽流乃に指示して、代わりに板を切ってもらった。
「全く、どうして私が下々の者の真似事など……」
不満を漏らしながらも羽流乃はシンの言う通りに日曜大工に励む。ミスリル合金ののこぎりはサクサクと板を刻み、順調に作業は進んだ。やがてできあがったのは、小さな台車だった。
「こんなもので何をするのですか?」
羽流乃は首を傾げるが、シンとしては大満足だ。シンは台車に鍋を乗せ、高さを調整しつつ仕掛けを作る。シンは鍋に余った木くずを入れて網を張り、水の入ったやかんを乗せた。シンは麻衣に訊く。
「これで行けるな。マッチか何かないか?」
「マッチって何や?」
麻衣の言葉でシンは思い出す。この世界では、火は魔法で点けるものなのだ。
「すまん、羽流乃。これに火を点けてくれないか?」
「いったい何がしたいのですか? 全く意味がわかりませんわ」
ため息をつきながら、羽流乃は鍋の中の木材に点火する。シンはわくわくしながらやかんの水が沸騰するのを待つ。
そのうちやかんの水は沸騰し、注ぎ口から蒸気が漏れ始める。注ぎ口は小さな穴を通したコルクで栓をしてある。蓋も羽流乃の魔法で接着してもらった。蒸気はやかんの中に溜まり、やがてコルクの穴からピーッという甲高い音とともに蒸気が勢いよく噴き出す。
蒸気は*型の風受けをぎこちなく回し、取り付けておいたロープが連動してわずかに車輪を動かした。
「やった、成功だ!」
シンは極めて幼稚ではあるが、蒸気機関を作ったのだ。この技術を発展させていけば魔法が使えない人々でも、魔法を使える者並みに働ける。
シンははしゃぐが、羽流乃と麻衣は揃って首をひねる。
「何が面白いのですか?」
真剣な顔をして羽流乃は尋ね、シンは理解してもらえないことにもどかしさを感じる。
「魔法なしで動いてるんだぜ。すごいじゃないか」
麻衣はそれがどうしたといわんばかりに目をパチクリさせる。
「魔法を使った方がもっと走れるやろ」
見れば、三十センチもいかないうちに台車は止まっていた。鍋の燃料が燃え尽きたのだ。できるだけ軽くするため、やかんの水も少な目にしたので、水もなくなっているかもしれない。ロープでは車輪との連動が弱すぎた。
「いや……これのもっと大きくてちゃんとしたのを作れば……」
「君、この世界じゃ魔法なしに蒸気機関なんて作れないよ」
庭でシンたちが騒いでいたので覗きに来たのだろう、声の方を向くと葵がいた。




