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36 噂

 王宮に来た翌日、シンは時間通りに起きて、食堂に向かう。


 王家の者が使う食堂は客間からは少し離れた別棟にあった。指輪は取り上げられているので魔法は使えない。シンは食堂まで歩いて行く。


 途中で、昨日の麻衣と同じ格好をした侍女たちが掃除をしていた。麻衣以外の使用人を見掛けるのは初めてだ。


 シンは挨拶しようと近づく。


「おはようござ……」


「ヒッ!」


 侍女たちはシンが挨拶し終わらないうちに、北海道でヒグマに出会った観光客のような顔をして、一目散に逃げ出してしまった。シンは首を傾げる。


「意味が分からん……」




 食堂に着くと葵と羽流乃がすでに席についていた。


「シンさん、遅いですわ。陛下を待たせるとは無礼ですよ」


「悪い、道に迷っちゃって」


 羽流乃の小言に、シンは謝った。


 シンは全く王宮に慣れていない。途中で何人かの侍女を見つけ、道を訊こうとしたが皆一様に悲鳴を上げて逃げ出してしまった。シンの顔に何かついているのだろうか。


 事情を聞いた葵は小さく笑う。


「フフッ、そりゃあ君が避けられてるんだよ」


「ハァ!? どうして俺が避けられなきゃならないんだ?」


「おいおいわかるさ」


 葵はそれ以上答えようとせず、麻衣が「お待たせやで~」と料理を運んでくる。シンは昨日に続いてこの世界基準で高級そうな料理に目を奪われ、うやむやになった。ちなみに葵が食べるものには前の世界と同じく、肉類はない。




「指輪もお金も取り上げられて……俺は何をすりゃいいんだ」


 無駄に高級な客間に戻って、シンは憮然とぼやく。昨日は王宮を案内されたり、採寸を測って服を用意したりとそれなりに忙しかったが、今日からは何もない。仕方ないのでシンは謁見の間に行き、葵に尋ねた。


「俺に何か仕事はないのか?」


 葵はのんびりとした様子で答える。


「この国は基本的に貴族の合議制なんだ。最高権力者は貴族たちの中から選ばれる宰相で、宰相が任命した閣僚がそれぞれの仕事をやってる。王族は君臨すれども統治せず、さ」


 葵が転生する前は、王家が絶えてずっとそのままだったくらいだ。今もロビンソンが決めたことに葵が形式上の決済を行うというだけの体制ができあがっている。女王といえどほとんど仕事はないし、女王の婚約者ともなればなおさらだ。


「……外に出てもいいか?」


「べつにいいけど、指輪は渡さないよ? 絶対に余計なことをするから」


「俺は何もしねぇよ……」


 シンは顔をしかめるが、葵は悪びれる様子もなくニヤニヤする。


「そもそも指輪は王家の証だから、持ってないと僕も具合が悪いんだよね。羽流乃、麻衣、この無能力者を世話してあげて。どうせろくなことしないから」




 後のことを羽流乃と麻衣に投げて葵は自室に引っ込んでしまった。仕方なくシンは羽流乃と麻衣を連れて町に出る。


「二人とも忙しいんだろ? ついてこなくてもいいんだぜ?」


 シンは言ったが、羽流乃は鬼の形相でシンを叱る。


「あなたは馬鹿なのですか? 昨日若手貴族たちに決闘を申し込まれたばかりでしょう? 陛下は護衛などいなくても自力で逃げるくらいはできますが、あなたはそうではない。確かに私は多忙ですが、あなたを守るのも任務の内です」


 麻衣も笑って言った。


「ウチも同じやで。羽流乃ちゃんがどんだけ強くても、毒殺とかは防げへんやろ? その辺はウチが配慮するわけや。あと、ウチの使い魔で周辺警戒やな。行け、子豚ちゃん!」


 麻衣は持ってきたリンゴにキスをして、掌サイズの豚に変えた。豚はフゴフゴと鼻を地面にこすりつけながら、どこかへ去っていった。


 シンは自分の浅はかさに消えてなくなりたい気持ちになる。


「そ、そうか……。済まないが俺のこと、お願いします……」




「それでシンちゃんはどこに行きたいんや? さっそく陛下に隠れて火遊びか? 女の子のお店はまだやってない時間やで?」


「いやいや、いきなり何言ってんだよ」


「なら、前世の恋人でも探すんか? 陛下を一番にしないとアカンやで~!」


 麻衣は冗談を言って、シンは苦笑する。羽流乃は顎に手を当てて考え込む。


「前世……ですか。まさかあなたが路頭に迷っていたときに、助けようとしなかった前世の知り合いたちに復讐をする気なのでは……!」


 羽流乃は真剣な顔でシンをにらむが、そんなわけがない。


「なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ、馬鹿馬鹿しい」


「あなたはそういう誇りも何もない人でしたわね……。これからどうするのですか?」


 羽流乃は嘆息し、シンは答える。


「とりあえず町をぶらついてみるよ。お金は羽流乃が預かってるんだっけ?」


「ええ。普通に買い物するには充分な額がありますわ」


「じゃあ、商店街の方に行こう」


 シンは二人とともに最初に来た商店街を目指す。さっそく町では女王の婚約者のことが話題になっているようだった。広場での噂話に、シンはこっそり耳を傾ける。


「女王様の婚約者が決まったって噂、知ってるかい?」


「ああ、なんでも魔王アスモデウスの生まれ変わりだとか……」


「ま、魔王アスモデウス!?」


 魔王の名が出た途端、広場は騒然とする。


「三千年前、王国を滅ぼしたあのアスモデウスかい?」


「そうだ、色欲を司る最悪の魔王だ!」


「私たち、殺されてしまうんじゃ……」


「なぜそんな男と……」


「きっと女王様はアスモデウスを鎮めるために、自分の身を差し出したに違いないわ! 可哀想な女王様!」


 シンの正体がいろいろと誤解され、意味もなく葵の株が上がっていた。シンは魔力がないおかげで魔王が封じられた指輪を使えるというだけで、決して魔王の生まれ変わりなどではない。


「おい! どういうことだよ?」


 シンは羽流乃に訊く。羽流乃は困った顔をした。


「聞いてのとおりですわ。シンさんには魔王アスモデウスの生まれ変わりという噂が広まっているのです」


「ウチはこっちに来たばかりやからよく知らんけど、相当やばい魔王だったらしいで。今も犠牲者の慰霊碑が王都の外郭に残ってるとか。こっち生まれの人は、みんな『悪いことをしてると魔王アスモデウスに食べられる』って親から言われてたって」


 麻衣の言葉にシンは頭を抱える。辺境では「知恵の王」なんて言われていたのに、ここまで落差があるとは。聞いてはいたが、辺境と王都で根本的に人種が違うとしか思えない。


「どうしてこうなった……」


「なんでこんな噂が広まってるのか、ウチにも意味不明やで。ま、噂は噂や。そのうち止むやろ。……多分」


 なぜか顔を引きつらせながら麻衣はシンを慰める。おちおち外も歩けないではないか。どう誤解を解こうかとシンが頭を悩ませていると、広場にいた住人の一人が目ざとくシンに目を着ける。


「おい……あそこにいる羽流乃様を連れた見慣れない男、まさか……」


「間違いない! 魔王アスモデウスだ!」


「逃げろ! 食われるぞ!」


 あっという間に広場からは人がいなくなり、シンたちだけが残された。

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