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19 異世界就活

 いつまでも広場にいても仕方ないので、シンは町に出てみることにした。魔法の世界に来たのに自分だけ魔法が使えないという事実には愕然としたが、冷静になってみると今までだって魔法なんか使えなかったのだ。いつも通り、自分にできることをやればいいだけである。


 シンは町のメインストリートと思しき広い通りを歩く。中世ヨーロッパの町並みは狭く雑然としていたと聞くが、この町はそうではない。整然と等間隔にレンガ造りの建物が並び、道も広い。シンが前世でたまに出向いていた町の商店街よりずっと道幅がある。道の両側で構えられている店も汚い屋台などではなく、しっかりした建物の一階部分を開放しているという形式だ。


 町行く人も前世における商店街の客層とは全然違う。コーカソイド系を中心に雑多な人種が歩いているのでパッと見るだけで全然違うが、最も大きな特徴として、この町には老人と子どもがほとんどいない。この世界には転生者しかいない上、全ての生き物が不老不死なのでこうなるのだ。この世界でも子どもは生まれるが、その頻度は低いのことである。


 まずは食料と寝床を確保しよう。シンは近くの店に入り、主人に話しかける。


「すみません。新しく転生してきた人って、住居なんかはどうするんですか?」


 シンの入った店は肉屋だった。ガラス製のケースに数種類の肉を展示していて、店の奥には頭を落とされた豚が何匹か吊られている。その場で肉を捌いて販売できるよう、店先に置かれた台には大きなまな板と肉切り包丁が備えられていた。今は忙しい時間ではないのだろう、マッチョなスキンヘッドの店主は暇そうに店の脇に座っている。


「ん? あんた、新しい転生者かい?」


 店主はシンをうさんくさそうに見る。広場での経験からわかったが、普通の転生者は各所から引っ張りだこで、すぐに進路を見つける。そのため、こんな質問をしてくる者はまずいないのだろう。


 服装からシンが嘘を言っているわけではないとわかったのだろう、店主は答えてくれる。この世界で学ラン姿はやたら目立つのだ。


「だいたいはどこかの店で修行に入るから、住み込みだな。食事や服も師匠が面倒をみてくれるだろうよ」


 まあ、これも予想通りの答えである。大通りで店の入っている建物は二階建てで、二階が居住スペースなのだろう。あるいは師匠は別に家を持っていて、弟子に店のスペースを住処として貸すのかもしれない。ただ、今のシンには師匠がいない。


「じゃあ師匠がいない場合はどうしたらいいですか?」


 シンの質問に、店主は不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「知るかよ。種なしにゃあ、仕事なんてねぇ」


 店主はぎろりとシンの目を見る。バレバレだった。魔法が使える者は他人の魔力をある程度計れるらしい。


「そんな……。俺には魔法は使えないけど、一生懸命働きますよ!」


「馬鹿か。例えばだ、おまえがうちの店で働くとして、何ができる? 水の魔法が使えないのに、肉を捌けるとはいえないよな? 水魔法で浄化せずに肉を捌いたら、食中毒を起こしちまう」


 シンは反論できなかった。精肉の技術などシンにあるはずがないし、たとえ技術を身につけたとしても、シンは肉を保存できない。ケースの中に入った肉は、氷等で低温を保っているわけでもないのに新鮮そうで、特に変色なども見られなかった。魔法を使って保存しているのだ。


 よくよく店を観察してみるとふんだんに魔法が使われていることに気付く。天井から吊した肉には虫一匹近寄らない。ここで肉を切っているはずなのに、血の臭いもしないし床も綺麗だ。そもそも店内は明るいが、照明の類がない。おそらく全部、魔法を使って解決しているのである。


「どこの店でも同じだぞ。魔力がなけりゃ、店番も務まらねぇよ。数字も読めないんだからな」


 店主はそう言って脇に置いてある機械を示した。シンの知るレジスターとほとんど同じ形をした金属製のそれは、ガラス製の画面に文字のようなものを映している。当然シンには読めない。


「魔力がなければ、字が読めないんですか!?」


「大昔に使われてたっていう表音文字とは違うからな。字に刻まれた魔法陣が直接頭に意味を送ってるんだよ。魔力がなきゃ、字を読むことも書くこともできないぞ」


 なんということだろう。確かに、読み書きができなければ仕事など見つかるはずがない。


「わかったら商売の邪魔だからあっちへ行ってくれ。種なしに肉を触られたなんて噂が立ったら、ギルドに目をつけられて商売できなくなる」




 肉屋を追い出された後、シンは他の店にも当たってみたが結果は惨敗だった。大抵の店、特に飲食店はシンが近づくだけで「商品が汚れる!」と話さえ聞いてもらえず、他の店も門前払いが大半だった。とりあえずシンを相手にしてくれた肉屋の親父はまだ親切な方だったのである。


 肉体労働でもいいからと掛け合ってみたこともあったが、荷物運びさえ荷物を軽くする魔法が使えないと務まらない。郊外の畑まで足を伸ばしてみても、こちらの世界特有の暴れ馬や猛牛を魔力で制御して耕作しており、シンが入り込む余地がない。


 シンは日が暮れるまで町を回ったが、徒労に終わった。仕方なくシンは最初にもらったお金を使って町外れの安宿に泊まることにする。宿代は一クォンで、シンは追加料金一シルを払って夕食を作ってもらった。最初にもらったのは金貨三十クォンで、一クォンは銀貨十シルとなる。宿代と食事代だけで一ヶ月ももたない計算だ。


「明日こそは就職先見つけないとな……」


 藁の上にシーツを被せただけの簡易なベッドに寝転び、シンはつぶやく。


 部屋はずっと暗いままだ。入室者の魔力に反応して壁や天井に仕込まれた光ゴケが照明となるらしいが、シンには使えない。


 しかし、泊めてもらえるだけありがたいと思わなければなるまい。他の宿には全て断られたのだ。


 明日への決意を新たにしつつ、シンは眠りに落ちた。

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