邂逅と要らないハプニング
私たちの研究所は、二階建ての、案外こじんまりとした建物だ。
初見でこれが研究所だとわかるものはいないのではないだろうか。そんな建物。
と、言ってもまあ、研究所としての役割を十分に……いや、十二分と言っても差し支えないほど果たしている。
というのも、この必要以上に退廃的な外装からは見当もつかないだろうが、これでも世界の有力な研究所の一つなのだ。
国の補助はおろか、大手企業がスポンサーになってるまである。
これには研究所のメンバーである私も鼻が高い。
ま、見かけで物事を判断しちゃいかんってこった。
研究所の青い廊下を歩いていく。
カポカポと足音を立てながら、歩く。
父から譲り受けた高級な革靴は、無論父の足のサイズであるために、だいぶ大きい。
なんでそんなものを履いているか……まあ、それは後ででいいだろう。
カポカポ。
カポカポ。
……どこの部屋だ?
メイアからの電話はとても簡単なものだった。
「来て!」とか「やばい!」とか「わけわかんない!」とかそんな感じだった。いやわけわかんないのはこっちだ。
いったん足を止めてみる。
……シーン。
声も物音も聞こえない。
ということは地下にでもいるのだろうか?
さっきは二階建ての研究所と言ったが、ちゃっかり地下もある。というか地下のほうがフロアは多い。
階段を下るのが少し億劫で、軽くため息をついてしまった。
地下室はある程度簡素に作られており、コンクリートの壁がむき出しになっている。
無機質な灰色の壁は地下フロアの肌寒さをより強くする。
カコン、カコン。
一段ずつ、一段ずつ階段を下る。
だんだんと声が聞こえてくるようになった。
おそらくこの部屋であろうドアに近づくにつれ、その声は大きくなっていく。
この快活とした声はメイアか……ミヴェルの声も聞こえる。
そして二人の声に時折聞き覚えのない低い声が混ざる。
異世界人とやらは男なのか? まあ、別にどちらでも構わないのだが。
コンコン、とドアをノックする。
「はいはーい、どーぞー」
メイアの声を合図にガチャリとそのドアを開ける。
陽に照らされぬ肌寒い地下室の廊下に、温かく、乾いた空気が流れ込む。暖房がついているのだろう。
部屋の中には案の定三人いた。
いつもの白衣を着たメイア。
こちらも白衣だが、前をきっちり閉めて着こなすミヴェル。
そして……
裸に丈の合わぬ白衣を着ている、一歩間違えたら……いや、一歩間違えずとも露出狂。事案が発生しそうな格好の男が立っていた。
……とりあえず私は率直に思ったことを口にする。
「な、なにこれ」
これが私の気持ち! マジなにあれ。
「アハハ……」
「……気持ちは分からなくもないけれど、初対面の方をアレと呼ぶのはいささか失礼だと思うのだけれど」
苦笑いするメイアに注意をするミヴェル。
いやまあ、ミヴェルの言ってることは正しいけどさ。そうなんだけどさ。でもその恰好のほうが何倍もおかしいと思うんだ。
それに私のローアングルな視点からだと色々と危険である。
「いや、とりあえずさ……服……服、どうにかならないの? てかどうにかしようと思わなかったの?」
柄にもなく必死に問うてしまった。
私の問いにミヴェルはうーんと唸る。
「どうにかって言われてもねぇ……うちの研究所は女所帯だし、男物の服なんてあるわけないじゃない」
困ったように眉を傾け、そう答えた。
と、ミヴェルの言葉で何かを思い出したのか、隣にいたメイアがポーンと手を打つ。
「所長! 所長だよ! 所長の私服って男物多かったじゃん! 所長なら大きいサイズの服、何か持ってるんじゃないかな!」
「「ああー」」
大納得。
そういえば所長の着る服は男物が多い。女性にしては高身長なので、そんなにサイズも小さくないはずだ。
「では、ちょっと所長に聞いてみますね」
ミヴェルが携帯電話を取り出し、そういった。
「……あ、所長。お疲れ様です……あのですね。例の異世界人なんですけど、今着れる服がない状態で……ええ、もしよかったら男物の服を何か借りられないかな、と……サイズですか? うーん、よくわかんないですけど、大きめのものが……あ、はい、わかりました。ありがというございます……え? あ、いや、別に裸ではないんですけど……裸に小さめの白衣です……まあ、こう聞けば面白いのかもしれませんけど……はい、はい失礼します」
ミヴェルが耳から携帯電話を離す。
「で? どうだって?」
「所長室に間違ってサイズを大きめに発注してしまったスーツがあるみたいです。それならどうかと所長が」
あるんだ。
まあ、とりあえず服の問題は解決解決。
「では私が所長室まで案内しますね」
二人は部屋を出て、所長室へと向かった。