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第1話 自称母さん

初めまして。枢木サテンです。今まで読み専だった自分ですが、2026年秋アニメで、好きだった小説が二作も出るので、創作意欲抑えられず投稿してしまいました。楽しんでいってね。


 声が聞こえる。

 何か差し迫ったような、女性の声だ。


 口元にモゾモゾと何かが当たるので反射的に吸い付いてしまった。直後に懺悔(ざんげ)した。


 薄らと開いた目で見上げれば、こちらを覗き込む三十代前半ほどの見知らぬ女性。自分の同僚と同じくらいの年齢の女性に抱き抱えられている状況。そしてそのはだけた胸元にある脂肪に吸い付いている現状。


 咄嗟に離れようとするが、頭を痛いほどに締め付けられる。

 抵抗を諦め大人しく彼女のなされるがままになり、少し冷静に考える時間を得た。


 どうやら俺は転生してしまったようである。それも赤子に。


 場所は、どこだ? 


 辺りをキョロキョロと見渡せば、暗い岩壁の隙間から燃え盛る灯火が一つだけ。下は何か動物の皮が敷いてあるだけ。産屋にしてはお世辞にもいい環境とは言えない。


 そして、喫緊の課題が一つ。

 今もぐりぐりと俺の頭を自らの乳房に押し付けてくるその女。

 だんだんと呼吸が厳しくなってきて頭を逃がそうとするが、押さえつけられる。


 薄れゆく意識の中、赤子に乳を与えながら硬い表情をする彼女の顔を見つめる。

 すると彼女と目が合い、にへへ、とぎこちない顔で笑ってみせてくる。


 そうお前だよ。お前。

 何笑ってんだ。


 言いたいことがある。


 さっきからおっぱい出てこないんだけど。



 ***



 転生してから三ヶ月ほど経った頃、ようやく四肢を思うように動かせるようになってきた。

 それまでは寝返りを打つことすらままならなかったが、手足を動かし、這って進む程度ならできる。


 三日に一度ほどの頻度ではあるが、世話をしてくれる女性は俺を近くの水辺まで連れて行ってくれる。

 近くといっても、外の景色はずっと洞窟内で変わらないため、どのくらい移動しているのかは曖昧だった。


 だが、水辺の近辺は記憶に残った。

 そこは開けた空間になっていて、天井から伸びた鍾乳石のような岩が、青白い光を放っている。

 明るいというほどではない。

 けれど真っ暗でもなく、その淡い光が水面を照らしていた。


 そんなある日、彼女が水浴びをする隙をついて、俺は這ったまま、その水辺まで近づいた。

 そして、水面を覗き込む。


 そこに映っていたのは――見慣れた赤ん坊の顔ではなかった。

 耳の先が、少し尖っている。頭の左右には、小さな出っ張り。

 角……だろうか。

 背中には、蝙蝠の翼のようなものが生えていた。

 まだ小さく、自由に動かせるほどではない。

 前世の記憶にある人間の赤ん坊とは、明らかに違う。


「……なんだ、これ」


 当然、答える者はいない。

 水面を揺らさないように、じっと自分の姿を観察する。

 少なくとも、普通の人族ではないらしい。

 自分が何者なのか。

 どうしてここにいるのか。

 そもそも、俺を世話しているあの女性は何者なのか。

 そんな疑問が、少しずつ頭の中に浮かぶようになった。



 そんな彼女の名前は、セレナ。

 濃赤色のハンサムショートな髪。動きやすさを重視した革鎧を身にまとい、腰には一振りの刀剣を帯びている。これがいつもの装い。というか、これぐらいしか服がないようだ。

 本人は自分のことを『母さん』と呼ばせたがっていた。そういうくらいだから、俺も前世で一般的な母親像というのを期待していた。


 だが無理があった。



 ある時、赤ん坊の俺が寝屋の洞窟に残されて数分経った頃のこと。

 地響きのような、何かを引きずる音が近づいてくるのを感じた。洞窟の天井からは細かい土埃のようなものが落ちてくる。このまま地響きが続けば天井が崩落するのではないかと俺は本能的に恐怖を覚えて泣き出してしまった。

 そんな雰囲気をぶち壊すかのように、


『リオン、母さんが帰ってきたぞぉ』


 などと、ハスキー声で気怠げに言いながら何かを引きずって戻ってきた母さん。

 その肩越しには、体の十倍はありそうな毛むくじゃらの巨獣の姿があった。どこからそんな膂力(りょりょく)が出るのか、不思議ではあるが。

 だが何よりも、返り血に染まった顔でニコニコと微笑まれたことのほうが恐ろしく、本能的に漏らしてしまった。

 


 またある時は、いつものように、出もしない乳を吸わされるのだが、彼女がしきりに言うのだ。


『なぜ乳が出ないのだ。やはり栄養が足りてないのか? 世の女どもはどうやって出しているんだ』

『もっと押し付けるのか、はっ、まさかヘソからっ!?』


 と。そんなふうに、硬く割れた腹筋に俺の顔を押し付けようとすることも一度や二度ではない。



 前世の母親の記憶は残っている。だから最初は戸惑いもあったが、慣れないながらも甲斐甲斐しく世話をしてくれる彼女を、母さんと呼ばずになんと呼べばいいのか。

 俺は素直に彼女を『母さん』と呼んでいた。


 ただ、母さんの出す食事にはなかなか慣れなかった。

 食事の前になると、必ず決まった言葉を口にするのだ。


「ヴァルガン様の慈悲に(いただきます)」


 どうやら、この世界では食事を神から与えられた慈悲として捉えるらしい。

 それ自体は分かる。

 分からないのは、その直後だった。

 俺の目の前に置かれたのは、どう見ても生焼けの肉。

 赤い。というか、ほぼ生。


 何でこんなことになったのか。

 それは、転生した日まで遡る。



 転生してから一日が経ち、俺は本能から泣き出すほかなかった。腹が減っていたのだ。


 出ない乳を吸わされ、それで食事は済んだと思われた。それでも泣き止まない様子を見てやっと理解したのであろう。

 母さんは、赤子の俺の前に、こんがりと焼けたマンガ肉を置きやがった。いやマジでそう形容するしかない、巨大なスペアリブみたいな肉だ。


 こんなもん出されたところでどうしろというのか。

 いつまで経っても、かぶりつかない俺を見て、何かに気付いたのだろう。その巨大な骨付き肉を取り上げて、外に出て行った。

 俺はようやく気づいてくれたかと安堵した。

 

 俺はてっきり、ミルクとかせめて離乳食とかが出ると期待してたんだ。


 だが、帰ってきた母さんの手に握られているものを見て凍りついた。


 母さんはまた同じ大きさの骨付き肉を持ってきた。しかし今度は真っ赤な。それは真っ赤な。生肉を。


 俺の前にドンとその生肉を置くと母さんは満足したのか自分の食事に戻る。

 座り込んだ母さんの手元に目を向けると、その手にはこんがり焼けたさっきの肉があった。


 俺は正気を疑ったよ。母さんは俺を何だと思っているのか、とね。

 あんたは焼けた肉食うのに、俺には生肉って、完全に野生の肉食獣扱いじゃないか。

 それにどんな肉食獣だって赤子のうちは乳で育つし、こんな硬いもん食えるわけがない。


 俺の視線に気付いたのか、おもむろに立ち上がると腰に帯刀していた刀剣を一閃する。

 何をしたんだと思ったが気付いた時には生肉が小間切れになっていた。

 そのまま水の入った器にその小間切れを入れると俺の口にそっと近づけてきた。


 俺は転生二日目にして死を悟った。



 こんなものを食わせようとしてくる母さんはどうかしている。

 せめて生肉じゃなくて焼けた肉の小間切れにしろと。順番が違うだろと。


 俺はすべてを諦めて、されるがままにその流動食を口へ流し込まれた。


 だが、幸いにも腹が痛くなることはなかった。それは嬉しい誤算だった。




 そして俺は、やはり普通の人族ではなかったのだ。

 耳は先が少し尖っており、頭の左右には角になりかけの出っ張りがある。背中には蝙蝠の翼のようなものまでついている。

 一方の母さんは、背中に翼などはない。角も表面上は見当たらない。

 ……まあ、あってもおかしくないと個人的には思っている。


 俺と母さんでは種族が違う。そして母さんは俺が何者か気付いているのだと思う。それで生肉を与えても平気だと思っているのだろう。

 腹が減っているせいで、その日は喉が鳴り止まなかった。

 だが、それから二ヶ月ほど生肉による流動食が続いたのは、完全に悪い誤算だった。

 その生肉生活は俺が声を上げられるようになるまで続いた。


 というかその二ヶ月間、そのためだけに言葉を理解し、発声する練習をしまくっていた。



タイトル回収まで時間かかります。

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