176.炎上修理
イグニスが『修復・支援型』の巫女となってから、数日が過ぎた。
俺の心は、イグニスという規格外の整備士に不安を覚えていた。
「ノア。イグニス、ちゃんとやってるのか? あの子のすること、なんか、物騒な気がするんだよな」
《現在、巫女イグニスは、九番艦ガイアのドックにて、修復作業を進行中です。作業効率、予測を200%上回っています》
「200%? すごいな!」
その報告に安堵した俺は、念のため、その作業の様子を覗きに行くことにした。エラーラは訓練、エリスはネメシスの追跡データの分析で忙しい。俺と、フローラ、そしてルカの三人を乗せた連絡艇が、ガイアのドックへと向かう。
そして、ドックの巨大な窓から、その光景を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
「…………燃えてるじゃねえか!」
ドックの中央に収容されたガイアの船体。その表面が、真っ赤な炎に包まれていた。炎は激しく燃え盛り、船体の至る所から、黒い煙が立ち上っている。
その炎の中心で、イグニスは巨大なレンチを担いだまま、真顔で、船体を睨みつけていた。彼女の周りには、溶けた金属や、燃え尽きた部品の残骸が散乱している。
「おい、イグニス! 何やってんだ! 船が燃えてるぞ!」
俺が慌てて通信を入れると、イグニスは、まるで俺の心配が馬鹿らしいとでも言うかのように、肩をすくめた。
「あぁ? 燃やしてんだよ。何万年も宇宙を漂ってりゃ、装甲にこびりついた不純物や、内部に溜まった熱凝結部が、固着するんだよ」
「だから、燃やすのか!?」
「当たり前だろ。溶かして、叩いて、削り出す。それが、火と鉄を扱う職人の流儀だ。この子の船体は頑丈だから、このくらいの熱でびくともしねえよ。見てろ。あとでピカピカにしてやるから」
彼女の言葉は、荒々しかったが、その瞳には、船体への敬意と、確かな職人としての誇りが宿っていた。
俺は、何も言い返せなかった。規格外の創造主に、規格外の修理方法。この城では、常識が通用しないのだ。
その、あまりにも苛烈な修理の様子を見て、隣にいたフローラの顔から、血の気が引いていく。
「……フローラ?」
俺が声をかけると、フローラは、ただ、黙って、炎上する自分の故郷を見つめ続けていた。彼女にとって、それは「修理」ではなく、「二度目の破壊」に見えたのかもしれない。
「……」
フローラは、何も言わなかった。ただ、無言で、そっと、その場を離れていった。
俺は、イグニスの作業が終わり、フローラが落ち着くまで、別のことに時間を使うことにした。俺の目下の目標は、一つ。
「ノア。あの引きこもり妹、エコーに、友達になってもらうぞ」
《了解しました。現在、巫女エコーは、覚醒状態にあります。ただし、会話には、巫女エリスの通訳が必要です》
エリスは、宇宙の防衛システムの監視で忙しい。だが、俺の我儘には、結局、付き合ってくれた。
【仮想現実空間『無の部屋』】
俺と、エリスのアバターが、漆黒の闇の中に浮かぶ。その中心に、横たわっているのは、もちろんエコーだ。
「エコー! やあ! 俺だ! 友達になろうぜ!」
俺が、陽気に話しかける。
『……め……んどくさ……い……』
「エリス、通訳!」
「『面倒くさい』、です。管理人様。彼女は、あなたの誘いを拒否しています」
「ちぇっ。じゃあ、聞くけどさ、エコー。何か、好きなものとか、ないのか?」
『……しずか……』
「『静けさ』だそうです」
俺とエリスの、不毛な会話のキャッチボール。
だが、俺は、負けなかった。エリスが、宇宙の方程式でしか会話できないなら、俺が、そのルールに合わせてやる。
「ノア! 権能『生命創造』だ! エコーのためだけに、究極の『安眠』を具現化する、機械を作ってくれ!」
《了解しました。対象:エコーの脳波、心拍、及び、精神波長をスキャン。最適安眠環境生成装置を製造します》
俺は、エリスの解説と、ノアのシステムログを基に、エコーが求める、究極の安眠を提供する装置を、その場で創造した。
そして、その安眠装置を、彼女のアバターの枕元に置いた。
その瞬間、エコーの目が、ゆっくりと、しかし、珍しくはっきりと開いた。
彼女は、俺たちに、視線を向けた。
『……ふーん……』
そして、彼女は、俺たちを無視し、安眠装置に、そっと、手を伸ばした。
その、あまりにも安らかな、究極の安眠環境に、彼女の体は、抵抗できなかった。
エコーは、ゆっくりと、体を起こした。
「おお! やったか!?」
「管理人様! 彼女が、体を……!」
エコーは、ふらふらと、立ち上がった。
そして、俺の、アバターの胸に、バタン、と、倒れかかった。
『……ありがと……。……最高に……ねむ……い……』
彼女は、そう呟くと、俺の胸に寄りかかったまま、静かに、眠りに落ちた。
究極の安眠装置が、彼女の精神に直接作用し、あまりにも心地よすぎて、抗うことができなかったのだ。
俺は、体に寄りかかって眠る、究極の面倒くさがり屋を前に、ただ、呆然としていた。
(……なんか、この城の妹たちって、極端すぎるだろ……)
そして、エリスが、俺に、冷静な、そして、どこか諦めに似た、報告をした。
「……管理人様。彼女は、立った後、崩れ落ちるように眠りに落ちました。……つまり、物理的な『立つ』という行為は、彼女の『眠る』という最大の目的の、前段階の行動として、システムに記録されました」
「……」
「おめでとうございます。エコーは、今後、歩くことができます。ただし、最終的な目的は、眠ることに変わりはありません」
俺は、俺の創造力によって、新たな、そして、究極の眠り姫を生み出してしまったのだった。
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