175.イグニス
玉座の間は、新たな巫女が放つ、反抗的なオーラに満ちていた。
赤い髪、作業着のようなツナギ、そして巨大なレンチを持つ彼女は、生まれたばかりだというのに、その視線は鋭く、俺たちを値踏みしているかのようだった。
「――あ? 何見てきてんだよ。」
俺の「生命創造」の権能から生まれた、最初の一言がこれだ。
俺は、頭を抱えた。
「えーっと、俺が管理人カインだ。君は、この新しい船の巫女として作ったんだ。名前、どうする?」
俺の問いに、彼女は、鼻で笑うように「フン」と息を吐いた。
「……名前? イグニスでいいや。で、その隣で、うるせえ剣を背負ってる赤毛の姉ちゃんは、何だよ」
その露骨な挑発に、エラーラが、ついに、キレた。
「この、無礼者めがッ! 貴様、今、何と言った!?」
エラーラは、大剣を半ば抜きかけ、イグニスに殺気を向ける。
「あぁ? 聞こえなかったのかよ、筋肉女」
イグニスは、肩をすくめた。
「その剣、飾りか? 所詮は、お前が作ったガラクタ(セブン)を相手に、五連敗した程度の腕前なんだろ。そんなもんで、私の邪魔はできねえよ」
イグニスは、ノアのシステムを通じて、エラーラと俺の過去の対戦記録を、一瞬で調べ上げたのだ。その、あまりにも痛烈で、正確すぎる指摘。
エラーラは、その言葉を聞いた瞬間、顔面を蒼白にし、大剣を鞘に戻した。
「…………っ! ぐ……う……」
彼女は、何も言い返せなかった。盤上遊戯でのあの完敗は、彼女の『永遠の呪い』であり、最も触れられたくない、心の傷だったのだ。
俺は、エラーラとイグニスの間に割って入ると、イグニスを睨みつけた。
「おい、イグニス。その口の利き方は、やめろ。お前の、その口の悪さは、俺の命令には従わないってことか?」
「はぁ? 従うよ。面倒だからな。アンタの命令に従うのが一番楽だって、ノアが言ってるからな」
イグニスは、俺の顔を見て、態度を一変させたわけではない。ただ、ノアのシステムを通じて、「この男の命令に従うのが、最も生存確率とエネルギー効率が良い」という、究極の合理性を叩き込まれていたのだ。
「分かったよ、イグニス。面倒な仕事は頼まない。でも、この仕事には、最高の報酬があるんだ」
「報酬?」
「ああ。君の、その『職人魂』を、存分に満たせる、究極の課題だ」
俺は、モニターに、九番艦『緑のアーク・ガイア』の損傷データを映し出した。
「ガイアは、ネメシスに襲われたわけじゃない。だが、何万年もの漂流で、船体はひどく傷つき、システムもボロボロだ。俺たちが、君に頼みたいのは、その船の完全なオーバーホールだ」
俺は、続けた。「この城のシステムと、ガイアのシステム。二つの異質な超文明の構造を理解し、ガイアの機能を、この一番艦の中で、完全に、そして最適に再稼働させる。……それは、この宇宙に存在する、どんな整備士も、決して成し遂げない、究極の修復作業だ」
その言葉が、彼女の、心の琴線に触れたようだった。
イグニスは、そのレンチを肩に乗せ、顎を撫でた。そして、その炎のような瞳が、挑戦的な光を放った。
「……フン。言われちゃ、仕方ねえな」
彼女は、鼻で笑うように言った。
「たかが壊れた船を直すだけだ。私の技を見せてやるよ。ただし、指図は受けねえ。全部、私のやり方でやらせてもらう。いいだろ、管理人」
「ああ! もちろんだ! 全て、君に任せる!」
俺は、心の中で、ガッツポーズをした。これで、ネメシスへの備えは、また一つ前進した。
イグニスの加入により、俺の城のメンバー構成は、さらに複雑になった。
論理と戦略、剣と屈辱、生命と癒やし(フローラ)、記憶と幻影(マリーナ&エコー)、そして、技術と反抗。
誰もが、一筋縄ではいかない、究極の個性派集団。
俺は、その、あまりにも強力で、あまりにも制御不能な駒たちを前に、ただ、頭を抱えるしか、できなかった。
「……なんか、俺、すごい厄介な会社を、経営してる気分だな……」
俺の、ささやかな日常は、今日もまた、新たな火種と、新たな戦力によって、刺激的なものへと、塗り替えられていくのだった。
――ここまで読んでいただきありがとうございます!
面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!
次回もお楽しみに!




