173.方舟創造
玉座の間は、静寂に包まれていた。
俺は、ノアのシステムに、どれほどの負荷をかけたのかを考え、目を閉じ、呼吸を整えていた。
「……ノア」
俺が静かに呼びかけると、システムは即座に応答した。
《はい、管理人。現在、全システムは安定。船体構造に異常はありません》
「ノア。あの『被験体ゼロ』の記録を削除したことによる、システム内部への影響は、本当にないのですか? Dr. レイラの『感情の残滓』が、再発する可能性は?」
エリスが、核心を突いた問いを発する。
《解析結果を報告します。レイラ・コアの、記憶接続領域に、一時的に大きな負荷がかかりましたが、現在は、完全に安定しています。当該データは、システムから完全に隔離・消去されました。残滓の再発、及び、システムへの影響は、ゼロと判断します》
その報告を聞き、一同は心から安堵の息を漏らした。
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「よし!」
俺は、気持ちを切り替えるように、パンと手を叩いた。
「ノア! じゃあ、次は、あの面倒くさい方の権限を使ってみるぞ!」
俺が指差したのは、権限レベル6で解放された、もう一つの項目。
【新規方舟作成の許可】
「作るなら、俺の、夢を詰め込んだ船にしろよ!」
俺は、最高の気分転換になる、究極のアイデアを閃いた。
「どこへ行くにも、これさえあれば完璧な、究極のプライベート・バカンス船だ!見た目は巨大なサツマイモ型にして、全自動おやつ製造機能と究極の露天風呂を搭載する!」
「――待ってください、管理人様!」
エリスが、一歩前に進み出た。その冷静な瞳は、俺のふざけた提案を完全に否定している。
「『究極の露天風呂』は、確かに管理人様の精神衛生に寄与しますが、現状、優先度は最低ランクです」
エリスは、ホログラムパネルに、俺の案とは対照的な、現実的な構想図を映し出した。
「作るべき方舟は、他の全ての方舟を『治す』ことに特化した、修復・支援型です」
エリスが提示した構想は、極めて具体的だった。
「この方舟は、『修復・支援型』として、以下の機能に特化させます」
* 機能:破壊された巫女の亡骸からナノマシンを抽出・製造。外部からアクセスし、他の巫女(特にエコーやガイア)のシステムのバグや損傷を遠隔修復。
「――つまり、この方舟は、ネメシスがどれだけ我々の姉妹を破壊しようとも、その都度、機能の一部だけでも回収し、治療し、再起動させるための、『保険』となるのです」
エリスの言葉は、冷徹だが、最も合理的だった。
「……くそ。なんで、俺のアイデアは、いつも、合理性の壁に阻まれるんだ……」
俺は、頭を掻きむしり、渋々、その現実に屈することにした。
「……わかったよ、エリス。俺のサツマイモ船は、また次の機会だ」
俺は、玉座から立ち上がり、エリスの『修復・支援型』の設計図を指差した。
「ノア。管理人の権限として、最終決定を下す」
俺は、もう一度、深く息を吸い込んだ。
「新規方舟『修復・支援型』の設計と建造を、直ちに開始しろ。最優先事項とする」
《――御意。管理人様の命令を承諾。アーク・メディカの設計シークエンスを開始します》
俺の個人的な欲望は敗北したものの、その決定は、アーク艦隊の未来を左右する、最も重要な一歩となったのだった。
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