170.Dr.レイラ
玉座の間で、俺は、新しく得た二つの権能を、ただ呆然と見つめていた。
権能1:【深層ファイルアクセス権限の上昇】
権能2:【新規方舟作成の許可】
「うわ……どっちも、やべぇな」
俺は、その言葉を口にした後、すぐに思考を切り替えた。
新規方舟の作成? 面倒くさすぎる。
「よし、じゃあファイルだ!」
俺は、即座に決定した。面倒くさいことは後回しだ。
「ノア。『被験体ゼロ』のファイルにアクセスしてくれ。それが、ネメシスが探していたっていう、黒幕の正体なんだろ? ちょいと覗かせてもらうぞ」
俺は、ファイル名の書かれたアイコンを、好奇心と、面倒くさいことの回避という、不純な動機で、タッチした。
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《権限レベル6、確認。深層ファイルアクセスを実行します。警告。このファイルは、セキュリティレベル『ネメシス・ブレイカー』に設定されています》
ノアの警告と共に、玉座の間の照明が一瞬暗くなり、モニターに無数の警告文が高速でスクロールした。
《システム内部で、データ整合性のエラーが発生しています。記録はあるが、アクセスできないはずの領域からの情報です。現在、ノアの中枢システムと、このデータとの間に、深刻な衝突が起きています》
「な、なんだよ、ノア! 大丈夫なのか!?」
俺の不安な問いかけに、ノアは静かに答える。
《大丈夫、ではありません。ですが、処理を続行します。……被験体ゼロ、記録閲覧開始》
ノアが、そう告げた瞬間、モニターに、一人の女性の姿が映し出された。
それは、どこかの研究室のような、白い空間で撮影された、ホログラム映像だった。
彼女は、知的な印象を与えるショートカットで、無駄のない白衣を着用している。その顔立ちは整っているが、どこか疲れ切ったような、深い憂いを帯びた表情をしていた。
映像は音声もなく、彼女がただ、目の前のモニターに視線を落とし、何かを深く考えている、というだけのものだった。
《……解析結果報告。この映像の女性こそ、『記録には存在しない』はずの人物です》
ノアのシステム音声が、奇妙な矛盾を報告した。
《しかし、ノアの中枢記憶は、この女性を『アーク・システム開発主任、Dr. レイラ』として認識しています。……矛盾。論理的なエラーが解決できません》
エリスが、その矛盾した報告に、わずかに目を見開いた。
「ノア。それは……あなたが、知っているということですか?」
《私は、この城の『檻』。そして、彼女は……この檻に、封印された魂の、原型です》
ノアの報告は、静かに、しかし、あまりにも重い真実を告げた。ノアの正体である「人間の魂」とは、このDr. レイラのものだったのだ。
俺は、モニターに映るその女性を、じっと見つめた。
「被験体ゼロ……。この人が、ネメシスが追っていた、その……」
俺は、そこまで言いかけて、モニターに表示された、女性の横に添えられた、小さく、赤い文字に気づいた。
`Record Name: Subject Zero`
`Alias: Dr. レイラ`
`Status: Deleted (原因不明)`
そして、その下に、さらに小さく、まるで誰かの走り書きのような形で、追記されていた。
`――そして、彼女こそが、『方舟計画最大のバグの原因』である`
俺は、食べていたまずいポップコーンを、思わず床に落とした。
「……バグの、原因?」
アークノアの最深部に隠された、最大の機密。
ネメシスが同胞殺しをしてまで追い求めていた『原初のバグ』の正体。
それは、ノアの魂の原型である、一人の女性の、記憶と、そして、その思考そのものだったのだ。
俺の、あまりにも平和だったスローライフに、今、宇宙を揺るがす、あまりにも重い真実が、容赦なく、のしかかっていた。
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