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168.脱獄成功

「……作戦成功。これで、管理人の拘束を解除できます」


 エリスは、巨大な岩石の下敷きになって完全に沈黙した鉄球看守を一瞥すると、すぐに俺が磔にされている独房の扉へと向かった。

 特殊な魔力で封印されていたはずの鍵は、エリスが「鍵は、かかっていませんでした」と再び『事実』を捻じ曲げたことで、あっけなく開いた。


「管理人様、ご無事ですか」

 エリスが独房に入り、俺を拘束していた魔力拘束具に手をかける。彼女の指先から放たれた、解析と解除の光が走り、数秒後、俺の体を締め付けていた枷が、カシャン、と音を立てて外れた。


「……お、おお……! 助かったぞ、エリス!」

 久しぶりの自由! 俺は、壁からずり落ちるようにして、床にへたり込んだ。

「だが、あの看守、大丈夫なのか? 死んでないだろうな?」

「問題ありません」エリスは冷静に答える。「致命傷は避けてあります。ただ、数週間は動けないでしょう。それよりも、早くここを離脱します」


 エリスは、俺の腕を掴んで立たせると、通路の隅であくびをしているエコーを、半ば引きずるようにして、脱出経路へと向かおうとした。

 だが、その時だった。


ガヤガヤ……ザワザワ……


 俺たちが来た通路とは別の方向、地下牢のさらに奥深くから、不穏な物音が聞こえてきたのだ。

 それは、徐々に大きくなり、やがて、おびただしい数の足音と、歓喜とも狂気ともつかない雄叫びへと変わっていった。


「なんだ……?」

 俺が眉をひそめる。

 エリスは、即座に状況を理解したようだった。


「……! いけません! 先ほどの戦闘の衝撃で、他の牢の封印まで、緩んでしまったようです!」

「え?」

「他の囚人たちが、脱獄を始めています! それも、かなりの数……!」


 見れば、通路の奥から、ボロボロの囚人服を着た、しかし、その目には凶暴な光を宿した男たちが、武器になりそうなものを手当たり次第に持ちながら、雪崩のように押し寄せてきていた。

 中には、明らかに、ただの犯罪者ではない、禍々しいオーラを放つ魔術師や、異形の種族の姿も混じっている。

 ここは、帝国の地下牢の最下層。クラスS級の、最も危険な犯罪者たちが、収容されていた場所だったのだ。


「ひゃっはー! 自由だぁ!」

「あの看守のクソ野郎はどこだ! ぶっ殺してやる!」

「女だ! ここには、上玉の女がいるぞ!」

 脱獄囚たちは、俺たちの姿を認めると、飢えた獣のように、目をギラつかせ、涎を垂らしながら、こちらへ向かってきた。


「……うわぁ……」

 俺は、完全に引いていた。

 これは、ヤバい。すごく、ヤバい。

「エリス! なんとかしろ!」

「……数が、多すぎます! ここで交戦するのは、得策ではありません!」

 エリスも、さすがに、この数の凶悪犯を、同時に相手にするのは、分が悪いと判断したらしい。


「ノア!」エリスは、即座に、城へと通信を入れた。「緊急事態発生! ただちに、我々三名を、城へと転移させてください!」

《了解! 緊急転移プロトコル、起動!》


 俺たち三人の足元に、眩い光の転移魔法陣が、浮かび上がる。

 脱獄囚たちが、それに気づき、さらに速度を上げて、こちらへ殺到してくる。

「待てぇ!」

「逃がすかぁ!」


「……あ」

 その時、地面に座り込んでいたエコーが、まるで何か、大事なことを思い出したかのように、か細い声を上げた。

「……管理人、さん……。……串焼き……忘れて……る……」

 彼女は、俺がアジトで落とした、あの肉串のことを、覚えていたらしい。


「そんなの、どうでもいいわ!」

 俺は、絶叫した。

 そして、次の瞬間。俺たちの体は、光と共に、その場から、完全に消え去った。


---

【天空城アークノア 玉座の間】


 眩い光が収まると、俺たちは、見慣れた玉座の間に立っていた。

 エラーラが、心配そうな顔で、駆け寄ってくる。

「管理人! 無事か!」

「お、おう……。なんとか、な……」

 俺は、まだ、心臓がバクバクしていた。


「……それで? 地上は、どうなった?」

 エラーラの問いに、俺は、モニターに映し出された、帝都の様子を見て、答えた。

 王城の地下からは、今もなお、おびただしい数の凶悪犯たちが、地上へと溢れ出し、帝都の街へと、散り散りに、逃げ惑っていた。

 帝国の兵士たちが、必死に、その鎮圧にあたっているが、明らかに、手が足りていない。

 帝都は、俺の脱獄劇の、とんでもない置き土産によって、再び、大混乱の渦に、叩き落とされていた。


「…………」

 俺は、その光景を、ただ、呆然と眺めていた。

 そして、心の底から、思った。


(……うん。俺、やっぱり、地上に降りるの、やめよう……)


 俺の、平和なスローライフは、やはり、この城の中でしか、実現できないらしい。

 俺は、そっと、玉座へと戻ると、ノアに、いつもの、あの、まずいポップコーンを、注文するのだった。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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