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166.怠惰な理性

 夜明けまで、あとわずか。

 帝国軍の拘束具に磔にされた俺の耳に、突如、ノアのシステム音声が、慌ただしく響いた。


《巫女エリス、巫女エコー、帝都への派遣が完了しました。救出作戦、コードネーム『串焼きを食う権利』を開始します》


 その直後、エリスの、いつも通りの冷徹な声が聞こえてきた。


「エコー。聞こえていますね? 城の最優先事項です。私に、あなたの体に直接、強制的に魔力注入を繰り返させるような、非効率な手段を取らせないでください」

『……ん……。……わかった……やる……』


 通信の向こうで、エコーの、気だるげで、今にも消え入りそうな声が響く。俺の命がかかっているというのに、この巫女は、相変わらずだ。


「面倒? あなたの怠惰が原因で管理人が処刑されれば、このアークノアは崩壊します。その方が、遥かに面倒でしょう」

 エリスは、容赦なく、論理の刃を突きつけた。

「索敵をかけてください。管理人の位置座標を特定し、城の地下構造と照合します。今すぐです」


『……了解……サーチ……開始……』


 エコーは、不満そうに、しかし、命令には逆らえないまま、その能力を発動した。


---


 帝都の王城地下への秘密通路。


 エリスと、眠たげな目をしたエコーの前に、二人の衛兵が、当然のように立ちはだかった。


「そこから先は、立ち入り禁止だ! 貴様たち、何者だ!」

 衛兵が、剣を抜き、警告を発する。


 エリスは、衛兵たちを一瞥し、止まることなく、歩を進めた。


「何者? 私は、王宮魔導師団に、昨夜、招かれた者です」


 エリスは、そう言いながら、自身の能力を発動した。

 事象の記録操作レコード・マニピュレーション。彼女の魂から放たれた微細な魔力が、衛兵たちの短期間の記憶に介入し、その記録を書き換える。


「……え? 招かれた?」

 衛兵は、一瞬、戸惑った表情を見せたかと思うと、次の瞬間には、完全に記憶を書き換えられたような、間の抜けた表情に変わっていた。

「あ、ああ……そうでした。昨夜、王宮魔導師団の依頼で、特別に許可された方々でしたね。申し訳ありません、確認を失念しておりました」


 エリスは、立ち止まらず、そのまま衛兵たちの間をすり抜け、固く閉ざされた鉄の扉に触れる。

「そして、その扉ですが……鍵は、かかっていませんでした」


 次の瞬間、衛兵たちの目の前で、重い鉄扉が、ギーと音を立てて、何の抵抗もなく、内側へと開いた。

 エコーが、眠そうに、エリスの隣で呟いた。

『……記録操作……なるほど……(面倒くさそうに)』


---


 しかし、通路の奥、地下への階段を降りたところで、彼らの前方に、巨大な影が現れた。


ゴオオオオ……


 帝国の魔術師団が警備用に配置した、巨大な石造りの自動防衛機構、ガーディアンだった。


「止まれ! 侵入者!」

 ガーディアンの巨腕が、エリスめがけて振り下ろされた。


「……無駄です」

 エリスは、冷静に一言、呟いた。彼女は、懐から、二本のヌンチャクを取り出した。(対ゴーレム用の特殊装備である、とノアのデータベースには記録されている)


 次の瞬間、エリスの体から、目に見えない光が放出された。それは、彼女の論理的超加速。ノアの予測に基づき、自己の運動を最適化する。


 キン! キン! キン!


 巨大なガーディアンの攻撃を、エリスは、驚異的な速度で舞うヌンチャクの、一振り一振りで、正確に逸らしていく。


 そして、反撃。

 バキィッ!

 エリスのヌンチャクが、ガーディアンの、魔力中枢がある首筋の関節部分に、予測された最適角度で、正確に叩き込まれた。


 巨大な石の体が、ガラガラと音を立て、バランスを失い、崩れ落ちる。


「……所詮、データに基づかない、単純なプログラムにすぎません」

 エリスは、ヌンチャクを素早く腰に戻すと、ガーディアンの残骸を一瞥し、再び歩き始めた。


---

【帝都・独房】


 俺は、通信越しに聞こえてくる、その激しい戦闘音と、エリスの冷徹な声を聞いていた。


「な……おい、ノア! 今の、戦闘音だろ!? エリスが、ガーディアンを倒したのか!?」

《はい。エリスの戦闘能力は、私の予測システムと融合し、極めて高い水準にあります。対ゴーレム戦闘においては、特に最適化されています》


 俺の脳裏には、いつも大剣の手入れをしている、あの冷静な巫女の姿しかなかった。まさか、ヌンチャクなんていう、トリッキーな武器を使うとは。


「……あれ? エリスって、ああいう戦い方もするんだな。意外だ」


 絶望的な状況下で、ようやく見えた、確かな希望のエリスと、一抹の不安エコー。俺は、拘束具に磔にされたまま、その奇妙な組み合わせの救助隊の到着を、心から待ち望むのだった。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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