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165.助っ人

 石造りの独房は、湿って冷たかった。

 俺は、特殊な魔力拘束具によって、壁に磔にされた状態で、身じろぎ一つできない。クラスSの重罪人としての扱いは、徹底されていた。


「さて。貴様が、例のテロ組織『沈黙の福音』の中核人物か」

 独房の鉄格子越しに、一人の尋問官が、俺を睨みつけていた。彼は、帝国情報部に所属する、冷徹な目をした男だった。

「無駄な抵抗はよせ。貴様が、何らかの暗号でアジトに潜入したことは判明している。すべてを吐け。組織の目的、指導者、そして、貴様の真の狙いを」


「だから! 俺はただ串焼きを食べに行っただけなんだって! 何も知らねえ!」


 尋問官は、俺の滑稽な主張に、眉一つ動かさない。

「貴様のその態度は、組織への忠誠か! それとも、隠蔽工作か!」


 尋問は夜通し続いたが、当然、得られる情報は皆無だった。尋問官は、俺を「口の固い狂信者」と断定し、最終報告書に「明日、予定通り死刑を執行すべし」と書き加えた。


 夜明けまで、あと数時間。独房に、絶望的な沈黙が訪れた。俺は、冷たい壁に張り付けられたまま、ただ、時間の流れが止まるのを願うことしかできなかった。


---

【天空城アークノア 玉座の間】


 地上の混乱とは裏腹に、天空城は、異常な緊張感に包まれていた。

 モニターには、拘束された俺の姿が映し出されている。


「……明日、日の出と共に、処刑だと……」

 エラーラは、静かに、剣の柄に手を当てていた。


「ノア、最終確認を」

《了解。管理人救出のための、緊急作戦を実行します。地上に、救出部隊を派遣します》


 だが、問題は、誰を派遣するかだった。


「居住区の住民は、論外です。地上に送るには、危険すぎる」

「マリーナは実体なし。ノア本体は城の運用で動けない」

「フローラは、ルカ殿のメンタルケアで手が離せぬ。それに、戦闘向きではない」


 選択肢は、急速に、消えていった。


「……残るは、エリスと、エコー、か」

 エラーラは、深くため息をついた。


「エリスは、優秀だ。彼女ならば、単独でも任務を遂行できるだろう。だが、エコー……」

 彼女の脳裏に、あの『無の部屋』で、何があっても微動だにしない、究極の怠惰な巫女の姿が浮かんだ。


「致し方あるまい。ノア、エリスには私から指示を出す。そして、エコーには、強制起動をかけろ。これは、城の最優先事項だ。彼女の『面倒くささ』に構っている暇はない」


《了解。救出部隊、巫女エリス、巫女エコー。二名を、帝都の処刑場付近に派遣します》


---

【帝都・独房】


 その瞬間、俺の頭の中に、ノアの声が響いた。

《管理人様。ご安心ください。天空城より、救出部隊を派遣しました。予定通り、明日の処刑執行の直前に、強行突破を試みます》

「お、おお! ノアか! 誰が来てくれたんだ? エラーラか?」

 俺は、死刑囚らしからぬ、必死な希望を込めて尋ねた。


《救出部隊は、巫女エリス、そして、巫女エコーの二名です》


 俺の全身に、魔力拘束具の冷たさとは違う、熱い、安堵の波が押し寄せた。


「エリスか! よし! やった! あの子が来てくれれば、百人力だ!」


 エリス。あの、冷静沈着で、戦闘能力も極めて高く、ノアの指示を完璧に遂行する、最も頼れる巫女。彼女が来たのなら、この絶望的な状況も、必ず打開できる!


 俺は、久しぶりに、心からの喜びを感じた。


「それと、もう一人は、エコー……?」

 俺は、次の瞬間に訪れた、絶対的な絶望に、全身の筋肉が凍り付くのを感じた。


 エコー。

 あの、「面倒くさいから」という理由だけで、自分の船を敵に明け渡しかけた、人類史上最悪の怠け者。

 彼女が、もし、現場で「あー、この拘束具を解除するの、面倒くさい」とか、「空気が重くて、眠くなってきた」とか言って、寝始めたらどうする?

 処刑台の真下で、「あ、ごめん。やっぱり動くの、無理」と、作戦を放棄したら、俺の命は、どうなる?


 俺は、希望の光が一瞬で闇に食い尽くされるのを感じた。


「う、嘘だろ……。エリスは、嬉しい……。でも、エコー……あいつは、ダメだろおおお!!」


 処刑前夜の独房に響く、神様の、情けない絶望の叫びは、誰にも届くことなく、消えていった。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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