163.潜入者
地下深くへと続く、石造りの階段。俺は、手渡された無地の白い仮面を顔に当て、その暗がりを、何の疑いもなく降りていった。
(くそっ、腹減ったな。早くこの特等席とやらで肉を食わせてくれよ)
俺の、あまりにも平和な動機とは裏腹に、背後に控えていたアークエンジェルとセラフィムたちは、その身から、静かな殺気を放っていた。彼らは、俺が何かの罠に嵌められたことを察知し、臨戦態勢に入っていたのだ。
階段を降り、二重の鉄扉をくぐると、湿った空気が肌を刺した。そして、広がるのは、あの嫌な匂い。硫黄と、血の匂いにも似た、不穏な香り。
そこは、巨大な、石造りの広間だった。
そして、その広間の中央。円卓を囲むように、数十人の、黒いフードを被った男たちが、静かに集っていた。彼らの目の前には、禍々しい紫黒の光を放つ、一つの物体が鎮座している。
「――ようこそ、新たな同志よ」
円卓の最奥に座る、一際大柄なフードの男が、ゆっくりと立ち上がった。その声は低く、そして、どこか、探るような響きを持っていた。
彼は、俺の姿を一瞥し、そして、俺の背後の護衛兵たちを見て、わずかに警戒を強める。
「聞いている。貴公が、この地で、我らの『合図』を見事に理解した、強力な新人であること。そして、規格外の護衛を引き連れていることもな」
その、あまりにも丁重な出迎えに、俺は困惑した。
「え? あー、どうも。えーっと、特等席って、ここか? あと、みんな、仮面してるんだな」
俺の能天気な問いかけに、リーダーは、静かに頷いた。
「仮面は、我らが誓い。貴公も、もはや外の人間ではない。さあ、こちらへ。貴公のために、席を用意している」
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【天空城アークノア 玉座の間】
その頃、玉座の間では、エラーラが、モニターに映るその光景を見て、冷や汗を流していた。
「馬鹿な……! まさか、あの串焼き屋が、敵のアジトだったとは!」
エラーラは、すぐに、ノアに命じた。
「ノア! 貴様は、この男が、なぜ、そこに入れたのか、解析しろ!」
《了解。認証プロセスを再構築します》
ノアの解析は、瞬時に完了した。
《結論。管理人は、敵組織の『合言葉』を、偶然、完全に再現しました。無知ゆえのランダムな返答が、敵の用意した複雑な『問い』の、別の認証パターンに、偶然、合致したのです。そして、ナイフの拒否という偶然の行動により、最終認証をクリアしました》
「馬鹿な……。そんな偶然が……」
エラーラは、頭を抱えた。この城の、そして、管理人の『運と無知による規格外さ』が、最悪の形で発揮された瞬間だった。
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【沈黙の福音・アジト】
「――して、同志よ」
リーダーは、俺が座るべき席を指し示しながら、静かに問いかけた。
「貴公が、我らに接触してきた真の目的を、聞かせてもらおう。貴公ほどの力を持つ者が、この時に、我々の『道』を選ぶのは……一体、何のためだ?」
その核心を突く問いかけに、俺は、腰に手を当て、肉串を片手に、静かに答えた。
「……あのさ」
「……はい、同志よ!」
「これ、どこで食えばいいんだ?」
俺の、あまりにも個人的で、あまりにも場違いな問いかけに、リーダーの体は、一瞬だけ、硬直した。
アジトに集う、全てのフードの男たちの間で、困惑が広がっていく。
彼らは、知らなかった。自分たちが招き入れた、この強力な新メンバーが、宇宙の運命よりも、目の前の串焼きの食べる場所を気にしている、救いようのない食いしん坊だということを。
「……あ、あと」
俺は、リーダーが立っていた場所を指差した。
「……そこ、ちょっと、邪魔なんだけど。俺、座って食いたいからさ」
狂信者たちの聖域に、最強の駒が放った、あまりにも無邪気で、あまりにも理不尽な要求。
地下の混沌は、今、神様の食欲によって、新たな局面を迎えようとしていた。
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