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158.妖精族

 ルカの母親が、ただの熱中症(と、それに伴う衰弱)だったという衝撃の事実。そして、俺の男友達探しの旅が、またしても空振りに終わったという、個人的な絶望。

 玉座の間には、なんとも言えない、微妙な空気が流れていた。

 俺は、床に寝そべって、天井の星空を眺めていた。エラーラは、壁際で、無言で剣の手入れをしている。居住区画に部屋を与えられたルカ親子は、今頃、久しぶりの親子の時間を過ごしているのだろう。


 その、静寂を破ったのは、ノアの、どこか、いつもとは違う響きを持った声だった。

《管理人。ルカ、及び、その母親に関する、追加の医療分析データが出ました》

「……ん? 熱中症じゃなかったのか?」

《熱中症であったことは、間違いありません。ですが……その後の、回復プロセスにおいて、通常の人間とは、著しく異なる生理反応を、複数、確認しました。そのため、追加で、遺伝子レベルでの詳細スキャンを実行した結果……》


 ノアは、そこで、一瞬、言葉を切った。

《――彼らは、人間ではありません》

「……は?」

《遺伝子配列、細胞構造、魔力循環パターン……その全てが、既知のいかなる種族とも異なります。……ただ一つ、古代の文献に、極めて類似した特徴を持つ種族の記述が、存在しました》

 モニターに、古びた羊皮紙の挿絵のようなものが、表示される。そこには、背中に羽を持つ、小柄で、優美な人影が描かれていた。

《――『妖精族フェアリー』。数千年前の『大崩壊』の時代に、その姿を消したとされる、伝説の種族です》


「妖精……!?」

 俺とエラーラは、絶句した。

 あの、あまりにも普通だった青年が、伝説の種族?


 その時、玉座の間の扉が、静かに開き、ルカが、少しだけ緊張した面持ちで、入ってきた。彼の後ろには、すっかり元気を取り戻した、彼の母親の姿もあった。

「あ、あの……管理人様」

 ルカは、俺たちの会話を、どこかで聞いていたのかもしれない。その顔には、決意の色が浮かんでいた。

「……ノア様の、おっしゃる通りです。僕たちは、妖精族の、生き残りです」


 彼は、語り始めた。

 かつて、大陸各地に存在した妖精の隠れ里。だが、人間の戦乱と、環境の変化の中で、そのほとんどが滅び、あるいは、姿を消していったこと。

 彼らが暮らしていた里も、もはや、風前の灯火であること。

 そして、母親が原因不明の病に倒れたこと。


「人間の街の医者にも、診てもらいました。ですが……」

 ルカは、悔しそうに唇を噛んだ。

「……誰も、母の病の原因が、分かりませんでした。ただの暑さによる疲れのはずなのに、人間のようには、回復しなかったから……。僕たちが人間ではないことを、彼らは知らなかった。だから、診れる医者が、誰もいなかったんです。……それで、最後の望みを託して、空の城の噂を頼りに……」


「……だから、この城に……」

 俺は、ようやく、全てを理解した。病自体は単純でも、彼らにとっては、死に至る可能性のある、絶望的な状況だったのだ。


「……僕たちのことを、隠していて、すみませんでした」

 ルカは、深々と頭を下げた。「ですが、管理人様と、このお城のおかげで、母は、命を救われました。……この御恩は、決して忘れません」

 彼は、顔を上げ、俺たちに、一つの提案をした。

「もし、よろしければ……僕たちの、故郷の里へ、ご案内させていただけませんか? 里には、まだ、わずかな同胞たちが残っています。彼らに、管理人様という、偉大なる救い主の存在を、伝えたいのです」


 妖精の、隠れ里。

 その、ファンタジー溢れる響きに、俺の、退屈しきっていた心が、再び、躍り始めた。

「行く! 絶対に行く!」

「……おい、管理人。少しは、慎重になったらどうだ」

 エラーラの、呆れ声。だが、俺は、全く気にしなかった。


---


 数日後。

 俺たちは、ルカの案内で、天空城アークノアごと、妖精の里があるという、大陸辺境の、深い森の上空へと、移動していた。

 エラーラ、エリス、フローラも、同行している。巫女姉妹は、伝説の種族との接触に、強い興味を示していた。


「それにしても、ルカ。お前、見た目より、ずいぶん、しっかりしてるよな」

 俺が、何気なく言うと、ルカは、少しだけ、困ったように笑った。

「……えっと、管理人様。実は、僕……見た目ほど、若くはないんです」

「え?」

「妖精族は、人間の方々より、ずっと、成長が、ゆっくりなんです。……僕、これで、大体、40歳くらいなんですよ」

「よ、よんじゅっ!?」

 俺とエラーラは、絶句した。どう見ても、十代の少年にしか見えない。

「ちなみに、母は、700歳を超えています。……まあ、妖精族の中では、まだまだ、若い方ですけどね」


 俺は、もはや、何も、言うことができなかった。


「……そろそろ、です」

 ルカが、窓の外を指差した。

「この森は、古代の妖精魔法によって、守られています。正しい道を知らぬ者は、決して、里へはたどり着けません。……ノア様、座標を送ります。降下をお願いします」

《了解しました》


 アークノアは、ゆっくりと、高度を下げていく。

 木々の梢を抜け、森の奥深くへ。

 やがて、俺たちの目の前に、ぽっかりと開けた、美しい谷間が、姿を現した。

 そこには、巨大な樹木と一体化した、美しい家々。きらきらと輝く泉。そして、色とりどりの花々が咲き乱れる、楽園のような光景が……あるはずだった。


「…………え?」


 最初に、異変に気づいたのは、ルカだった。

 彼の顔から、血の気が引いていく。

 俺たちが、言葉もなく見つめる先。

 そこにあったのは、楽園などではなかった。


 家々は、無残に焼き払われ、黒い煙を上げていた。

 泉は、赤黒く濁り、悪臭を放っている。

 美しいはずだった花々は、踏み荒らされ、大地には、おびただしい数の、争いの跡。

 そして、何よりも……そこに、生きている者の気配が、全く、なかった。


「……そん……な……」

 ルカの、震える声。

「……嘘だ……。里が……みんなが……!」


 妖精の隠れ里は、崩壊していた。

 それも、つい、最近。

 一体、誰が、何のために。

 俺たちは、ようやくたどり着いたはずの、新たな希望の地で、あまりにも、残酷で、あまりにも、絶望的な、現実を、突きつけられたのだった。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

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次回もお楽しみに!



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