156.男友達
あの、波乱万丈だった初入浴から、数日。
玉座の間の隣に作られた、神殿のような大浴場は、すっかり、俺たちの日常の一部となっていた。
エラーラの猛抗議により、湯温は、人間が入れる、ごく普通の温度(それでも少し熱めだが)に調整された。男湯と女湯を隔てる壁には、さらに厳重な結界が追加されたらしい。
俺は、毎日、あの広々とした湯船に浸かり、星空を眺めるのが、新たな日課となっていた。
だが、その至福の時間の中で、俺は、一つの、重大な問題に、気づいてしまった。
「……男が、いねえ……」
湯船に浸かりながら、俺は、深いため息をついた。
この城の、主要メンバー。俺を除けば、全員、女性だ。エラーラ、エリス、フローラ、マリーナ(仮想だが)、エコー(寝てるが)。そして、AIであるノア(の元になった魂も、多分女性)。
居住区画には、もちろん男性も大勢いる。だが、彼らは、俺を『神』としか見ていない。気軽に、馬鹿話ができるような相手ではないのだ。
影武者を作った時、俺は、心の底から、話し相手が欲しかった。だが、その相手は、女性ではなく、男だったのだ。くだらない話で笑い合い、時には、真剣に、盤上遊戯で熱くなれるような、同性の『ダチ』が。
「……よし!」
俺は、湯船から飛び出した。
「ノア! 俺は、地上に行くぞ!」
《目的をお伺いします、管理人》
「決まってるだろ! 男友達、探しだ!」
俺の、あまりにも個人的で、あまりにも馬鹿げた、宣言。
それに、ノアは、数秒間、沈黙した。
そして、深いため息(のように聞こえる、システムノイズ)をついた後、告げた。
《……承知しました。ただし、条件があります》
《護衛は、アークエンジェル3体、及び、セラフィム50体。これが、最低条件です。また、地上での滞在時間は、最大6時間とします》
「だから、多すぎだって!」
《これが、貴方様の安全と、地上の平和を、同時に保証するための、最適解です》
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かくして、俺は、神の軍勢を引き連れて、再び、地上へと降り立った。
場所は、帝国の、とある、活気のある地方都市。
俺は、セラフィムたちに完璧な警護(という名の、威圧的な包囲網)をさせながら、街の広場や酒場を、物色し始めた。
俺の求める人材は、ただ一つ。普通の、気のいい男。
だが、俺の目に留まるのは、なぜか、そんな奴らばかりだった。
「よう、旦那! いい鎧着てんな! 俺っちを雇わねえか? 腕は立つぜ!」(屈強な、傷だらけの傭兵)
「……ふん。こんな場所に、何のようだ、小僧」(酒場の隅で、一人、怪しげな酒を呷る、眼帯の男)
「ひっひっひ……。何か、お探しで? よければ、このわしが、案内して差し上げよう……」(明らかに、悪人面の、痩せた情報屋)
「……なんで、こう、絵に描いたような、人相の悪い奴しかいないんだよ……!」
俺は、心の底から、嘆いた。
「いらん! いらん! あっち行け!」
俺が、寄ってくる怪しげな男たちを、うんざりしながら追い払っていると、ふと、広場の隅で、一人、しょんぼりと座り込んでいる、青年が目に入った。
年の頃は、俺より少し下くらいだろうか。
服装は、みすぼらしいが、清潔にはしている。茶色の髪を無造作に伸ばし、特に目立つ特徴はない。だが、その瞳には、まっすぐな、誠実そうな光が宿っていた。
普通だ。俺が求めていた、完璧なまでの、普通さ。
「……君、どうしたんだ? そんなところで」
俺が、声をかけると、青年は、ビクッと体を震わせ、驚いたように、俺を見上げた。
「あ……いえ……。あの、僕……」
青年は、何かを、言い淀んでいるようだった。
俺は、できるだけ、優しく、微笑んでみせた(つもりだ)。
「俺は、カイン。ちょっと、人を探してるんだけどさ。君、何か、困ってることでもあるのか?」
俺の言葉に、青年は、意を決したように、口を開いた。
「……あの……! 僕、働きたいんです! どんな仕事でもします! だから、お金を……!」
「お金?」
「はい! ……母ちゃんが、病気で……。街の医者には、もう、手の施しようがないって……。でも、最近、噂で聞いたんです。空の上に浮かんでるお城には、どんな病気でも治せる、すごい技術があるって……! もし、そこに行けたら、母ちゃんを、助けられるかもしれないって……!」
青年の、あまりにも切実な願い。
俺は、その言葉に、少しだけ、胸を打たれた。
そして、同時に、最高の『スカウト』のチャンスだと、確信した。
「……そうか。大変だったな」
俺は、青年の肩を、ぽん、と叩いた。「よし、決めた! 君、俺の城に来ないか?」
「え……?」
「俺が、その、空の城の、管理人なんだ。君さえよければ、君と、君の家族、全員、俺の城に招待する。もちろん、お母さんの病気も、うちのAIなら、なんとかできるかもしれない」
「……! ほ、本当ですか!?」
青年の顔が、ぱあっと、輝いた。
「ああ、本当だ。……その代わり、と言っちゃなんだが」
俺は、ニヤリと笑って、言った。
「俺と、友達になって、時々、俺の、くだらない遊びに、付き合ってくれよな?」
「……! はい! 喜んで!」
青年は、涙を浮かべながら、力強く、頷いた。
「よし! 商談成立だな!」
俺は、満足げに、立ち上がった。
「ちなみに、君の名前は?」
「はい! 僕、ルカって言います!」
ルカ。
こうして、俺は、ついに、この城で、初めての、普通の(かもしれない)男友達を、手に入れた。
エラーラは、「……また、面倒事を、拾ってきたのか、貴様は……」と、深すぎるため息をついていたが、俺は、全く、気にしなかった。
俺の、新しい日常が、また、少しだけ、賑やかになりそうな、予感がしていた。
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