153.影武者
「――暇だ。死ぬほど暇だ」
玉座の間で、俺は完全に虚無と化していた。
エラーラは、俺の『変顔クィーン』に負けすぎて、もはや盤上遊戯を挑んでも「……」と無言で首を横に振るだけになった。エリスは宇宙の謎に夢中。フローラは植物と動物のお世話。エコーは寝ている。国民たちは俺を見ると絶叫する。
俺には、話し相手がいなかった。
「……そうだ! 外部から、誰か呼ぼう!」
俺は、名案を思いついた。大菓子博覧会の時のように、招待状を出せばいいのだ。今度は、菓子職人ではなく、もっとこう、知的な会話ができそうな相手を。
「ノア! 大陸で一番、頭がいいって言われてる学者とかに、招待状を送ってくれ! 『天空城で、宇宙の神秘について語り明かさないか?』みたいな感じで!」
《承知しました》
数日後。
一人の老学者が、恐る恐る、天空城へとやってきた。大陸で『万象の賢者』と呼ばれる、高名な学者、アルキメデス先生(自称)だ。
俺は、彼を玉座の間に招き入れ、最高の歓待を用意した。そして、満を持して、彼に最高の話し相手を紹介したのだ。
「先生! この子が、俺の妹分のエリスです! なんでも、宇宙船の巫女らしくて、すっごい難しい話、知ってるらしいんですよ!」
「おお! それは、興味深い!」
俺は、これでしばらくは退屈しないだろうと、高みの見物を決め込んでいた。
だが、その会話は、開始五分で、破綻した。
「――つまりですね、先生。方舟のワープ航法は、11次元空間におけるプランク長以下の超弦振動を利用した、位相空間転移なのですよ。この数式をご覧になれば……」
「……ふむ……。……さっぱり、分からんな」
アルキメデス先生は、エリスがホログラムで表示した、神代の数式を前に、あっさりと、白旗を上げた。
「わしが知りたいのは、もっとこう、身近な、例えば、てこの原理とか、そういうやつなんじゃが……。宇宙とか、次元とか、言われてもなあ……」
「ですが、これが、この世界の、真理なのです!」
「うーん……。まあ、あれだ。若い娘さんが、難しいことを考えるのは、体に毒じゃ。わしは、そろそろ、帰るかのう」
賢者は、何も解き明かすことなく、そして、何の成果も得ることなく、そそくさと地上へと帰っていった。
俺の、知的な暇つぶし計画は、失敗に終わった。
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「……やっぱり、俺の話についてこれるのは、俺しかいないのか……」
俺は、再び、孤独と退屈に打ちひしがれていた。
だが、俺には、レベル5で解放された、最強の権能があった。
「そうだ! 俺の、完璧な話し相手を、作ればいいじゃないか!」
俺は、『生命創造』の権能を行使した。
創造するのは、俺自身。俺と、全く同じ思考、同じ記憶、同じ好みを持つ、完璧なクローン。俺の影武者だ。これなら、話が合わないはずがない。
数分後。
玉座の間に、俺と瓜二つの青年が、立っていた。
「おお! すげえ! 俺が二人いる!」
「やあ、俺。暇だよな」
「そうなんだよ、俺! 超暇なんだよ!」
俺と、俺(影武者)は、すぐに意気投合した。
だが、問題があった。
影武者は、生まれたばかりで、戦闘能力も、知識も、俺と同じく、皆無だったのだ。これでは、ただの話し相手にしかならない。
「うーん……。せっかくだから、もうちょっと、役に立つようにしたいよな」
俺は、ノアに、一つの、とんでもない命令を下した。
「ノア! こいつを、鍛えてやってくれ! 俺みたいにならないように、ちゃんと、強く、賢く、な!」
《……承知しました。対象:管理人クローンに対し、特別教育プログラム『英雄育成計画』を、実行します》
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それから、数週間。
俺は、相変わらず、玉座の間で、ぐうたらしていた。
そして、ついに、俺(影武者)が、その訓練を終えて、帰ってきた。
玉座の間に現れた彼は、以前とは、別人になっていた。
服装は、俺と同じラフなパーカー。だが、その着こなしは、隙がなく、洗練されている。
表情は、俺と同じく、どこか眠たげ。だが、その瞳の奥には、俺にはない、深い知性と、確かな自信が宿っていた。
そして何より、その佇まい。俺のような、だらしない雰囲気は微塵もなく、まるで、歴戦の勇士のような、静かなオーラを放っていた。
「……おかえり、俺」
「ただいま、オリジナル」
影武者は、静かに、しかし、力強く、答えた。
「ノアによる訓練は、完了した。今の俺ならば、エラーラ殿とも互角以上に渡り合えるだろう。エリス殿の講義も、完全に理解した。そして、フローラ殿の植物園の、全ての植物の特性と、安全な扱い方も、マスターした」
「……マジで?」
俺は、自分の影武者が、あまりにも完璧超人に進化しすぎていることに、若干、引いていた。
その時、玉座の間に、エラーラがやってきた。彼女は、俺と、俺(影武者)を、交互に見比べ、怪訝な顔をした。
「……おい、管理人。貴様、いつの間に、そんなに、まともになったんだ?」
彼女は、影武者の方を指差して、言った。
「いや、こいつは俺じゃなくて……」
「どちらでも、いい」
エラーラは、ため息をつくと、影武者の方に向き直った。
「ちょうどいい。暇なら、少し、手合わせをしろ。貴様の、その生意気な変顔駒の恨み、今こそ、晴らしてくれる」
「望むところだ、エラーラ殿」
影武者は、静かに、盤上遊戯のボード盤へと向かう。
俺は、その光景を、ただ、呆然と見つめていた。
(……あれ? なんか、俺、いらなくないか……?)
話し相手が欲しくて作ったはずの影武者が、俺よりも遥かに、この城の住人たちと、うまくやっている。
どっちが、本物の管理人なのか。
俺自身ですら、分からなくなりそうな、奇妙な、そして、少しだけ、寂しい気持ちが、俺の心を、支配し始めていた。
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