149.後継者争い⑨
玉座の間には、再び、あの完璧なまでの『退屈』が戻ってきていた。
帝国の兄弟喧嘩は、皇帝親父の雷と、ノアの余計なお世話によって、なんとも締まらない形で幕を閉じた。モニターに映し出される地上は、復興作業と、俺への(勝手な)感謝の祈りで満ち溢れている。もはや、観戦するほどの面白みもない。
「……ふぁ〜あ……」
俺は、玉座の上で、大きなあくびをした。
エラーラは、盤上遊戯での敗北以来、何やら新しい剣技の修行にでも入ったのか、訓練場に引きこもりがちだ。エリスとフローラは、仮想空間での姉妹水入らずの時間を楽しんでいるか、あるいは、失われた魂のサルベージ作業に没頭している。
つまり、俺は、またしても、暇だった。
暇だと、人間、ろくなことを考えない。
俺は、ふと、一つの、根本的な疑問に思い至った。
「……なあ、ノア」
《はい、管理人》
「俺がさ、もし、死んだら、どうなるんだ? この城の管理人って、その後、誰がやるわけ?」
俺の、あまりにも唐突で、あまりにも縁起でもない質問。
それに、ノアは、いつも通りの、平坦な声で、しかし、驚くべき事実を、さらりと告げた。
《――その仮定は、基本的に、発生しません》
「……は?」
《管理人様は、この天空城アークノアと、その生命エネルギー供給システムが、完全に同期しています。本城が存在する限り、管理人様の生命活動が、非自発的に停止することは、ありません》
「…………え?」
俺は、数秒間、その言葉の意味を、理解できなかった。
非自発的に、停止しない? それって、つまり……。
「……俺、死なないの?」
《はい。事故、病気、老衰。それら、通常の生物が経験する、不可避な死因は、管理人様には、適用されません》
「…………マジで?」
俺は、自分の手のひらを、じっと見つめた。
不死身。俺が? この、ただの元・荷物持ちが?
なんだか、とんでもない事実が、さらっと明かされた気がする。
《ですが、もし、管理人様が、自らの意志で、その任を『引退』される場合は、後継者の選定が必要となります》
「引退……。できるのか、そんなこと」
《はい。その場合、後継者は、以下の三つの方法で決定されます。第一に、管理人様の子孫。第二に、管理人様が、直接任命した人物。そして第三に、該当者がいない場合、城のシステムによる、完全な自動運営モードへの移行です》
子孫……。任命……。自動運営……。
なんだか、すごい話になってきた。
だが、俺の頭の中は、それどころではなかった。
さっきの、もっと、ヤバそうな単語が、引っかかっていたのだ。
「ちょ、ちょっと待て、ノア!」
俺は、慌てて、ノアの言葉を遮った。
「今、『城と、生命エネルギーを同期してる』って言ったよな!?」
《はい。それが、何か?》
「それって! もし、この城が、壊れたら! 俺も、死ぬってことか!?」
俺の、あまりにも当然の、そして、切実な恐怖。
それに対して、ノアは、またしても、俺の予想の斜め上を行く、返答をしてきた。
《いいえ》
「え?」
《城が、完全に破壊された場合、管理人様とシステムとの同期は、強制的に解除されます。ですが、それは、死を意味しません》
「じゃあ、どうなるんだよ!」
《――ただ、人間と、同じように、老化が始まるだけです》
「…………は?」
老化が、始まる?
俺は、混乱した。
ノアは、淡々と、その驚くべき事実を、解説し続けた。
《同期状態にある限り、管理人様の肉体は、常に、最適な状態……すなわち、この城の管理人として認証された、その瞬間の状態に、固定、維持されます。加齢による、細胞の劣化は、発生しません》
「……つまり?」
《はい。逆に言えば、この城が存在し、貴方様が管理人である限り。貴方様は、年を取らず、死にはしない、ということです》
不老不死。
俺は、どうやら、知らないうちに、とんでもないチート能力を、手に入れてしまっていたらしい。
俺は、その、あまりにも壮大で、あまりにも現実離れした事実に、ただ、呆然としていた。
そして、数秒後。
「……へー。そうなんだ」
俺は、まるで、明日の天気の話でも聞いたかのように、あっさりと、そう呟いた。
正直、死なないとか、年を取らないとか、言われても、全く、実感が湧かない。
俺にとって、重要なのは、そんな、遠い未来の話ではない。
もっと、身近で、もっと、切実な問題だ。
「……で? 今日のおやつは、何?」
《……『生命の息吹のテリーヌ』の、改良版をご用意しております》
「…………」
俺の、不老不死のスローライフ。
それは、どうやら、これからも、たくさんの、苦い現実と、共に、続いていくらしい。
俺は、深すぎる、深すぎる、ため息をついた。
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