147.後継者争い⑦
疑似戦争の平原は、もはや元の地形を留めていなかった。
北の魔女リディアと、南の魔女フレア。二人の伝説が放つ、絶対零度の冷気と、全てを焼き尽くす灼熱の炎は、大地を砕き、空を焦がし、戦場そのものを、神々の気まぐれな実験場へと変貌させていた。
「――どうした、氷の置物! もう終わりか!」
フレアが、巨大な炎の竜巻を操りながら、リディアを挑発する。
「……下品な火力だ。だが、それだけだ」
リディアは、冷静だった。彼女は、自らの周囲に、幾重にも連なる氷の鏡――**『万華鏡氷壁』**を展開し、フレアの猛攻を、巧みに受け流していた。
そして、その油断が、勝敗を決した。
「――もらった!」
フレアが、最大火力の一撃を放つべく、一瞬だけ、その動きを止めた、その刹那。
リディアの足元から放たれた、極細の氷の棘が、フレアの炎の鎧の隙間を正確に貫き、その魔力の流れを、完全に凍結させた。
「……な……!?」
炎が、消える。フレアの体から力が抜け、地面に墜落する寸前、巨大な氷塊に、完全に、その身を包み込まれた。静かなる、氷の勝利。
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一方、コンスタンティンの最後の砦である、絶対防御結界シェルターの前。
そこでは、漆黒の騎士『ナイト』と、金髪の勇者レオン率いるパーティーが、熾烈な戦いを繰り広げていた。
「……見事だ。だが、ここまでだ」
ナイトが、その漆黒の剣を抜き放ち、勇者パーティーにとどめを刺そうとした、その時。戦場に、絶対零度の冷気が、再び、舞い降りた。
「――そこまでだ、鉄屑人形」
南の魔女を無力化した、北の魔女リディアが、ナイトの背後に、音もなく、立っていた。
ナイトが、その気配に気づき、振り返るよりも早く。リディアの指先から放たれた冷気が、漆黒の騎士を、完全に、氷漬けにした。勇者パーティーは、九死に一生を得た。
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シェルターの中から、その光景を見ていた、第二皇子コンスタンティンは、高笑いを響かせた。
「クハハハハ! 見たか、兄上! これで、貴様の駒は、全て詰みだ! 私の勝利だ!」
最強のドラゴン部隊は老英雄に足止めされ(フレアの一喝で逃げたが)、北の魔女は今やこちらの味方(だと彼は思っていた)。切り札の機械兵は氷漬け。もはや、この絶対防御結界を破る術は、誰にもない。
だが、リディアは、そんなコンスタンティンの嘲笑を、鼻で笑った。
「……本当に、そう思うかね? 愚かなる王子よ」
彼女は、あの黒曜石の卵のようなシェルターに、ゆっくりと、**手をかざした**。
「確かに、この結界は、物理的にも、魔術的にも、完璧だ。**直接の干渉**は、私もできん。だが……」
彼女の指先から、絶対零度の冷気が、シェルターの表面を、這い始める。黒曜石の表面が、みるみるうちに、分厚い氷と霜に覆われていく。
「**『温度』**までは、防げまい?」
「なっ……!?」
シェルター内部のコンスタンティンは、絶句した。
結界は破られていない。だが、外壁を伝わって、凄まじい冷気が、内部へと**侵入**してくる。シェルター内部の温度が、急速に、低下していく。暖房設備など、最初から考慮されていない、絶対防御の棺桶。
「ま、待て……! やめ……! さ、寒い……! 凍え……!」
コンスタンティンの悲鳴が、くぐもって聞こえる。やがて、その声も聞こえなくなり、巨大な黒曜石の卵は、美しい、しかし致命的な、氷のオブジェへと、その姿を変えた。王子は、その中で、意識を失っていた。
リディアは、完璧な勝利を確信した。
だが、その時。
彼女が、氷漬けにしたはずの、南の魔女フレアを閉じ込めていた氷塊が、内側から、真っ赤に輝き始めた。
**バキィィィィィィン!!**
凄まじい轟音と共に、氷が爆散する。
中から現れたフレアは、怒りに燃え、その身から、灼熱のオーラを立ち上らせていた。
「……よくも、やってくれたな、氷女……!」
彼女は、リディアを睨みつけると、次の瞬間、その姿を、炎の加速――**『フレア・アクセル』**によって、戦場から消し去った。
彼女が向かった先は、ただ一つ。
第一皇子アウグストゥス。その、本陣。
アウグストゥスが、弟の敗北(氷漬けシェルター)を知り、勝利の雄叫びを上げようとした、まさに、その瞬間。
彼の首筋に、灼熱の、炎の短剣が、突きつけられていた。
「――王手、だぜ? 筋肉王子」
フレアの、勝ち気な笑み。
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戦場は、奇妙な静寂に包まれた。
弟コンスタンティンは、氷漬けのシェルターの中で、動けない。
兄アウグストゥスは、炎の刃を突きつけられ、動けない。
どちらも、王手をかけられている。
引き分け。あるいは、両者敗北。
その、あまりにも馬鹿げた、兄弟喧嘩の結末。
その状況に、本当の『王手』をかけたのは、誰もが予想しなかった、人物だった。
天から、雷鳴のような、しかし、威厳に満ちた、怒声が、戦場全体に響き渡ったのだ。
「――**そこまでだ、愚か者どもがッ!!!!**」
声の主は、皇帝ゲルハルト。
彼は、仮設王城のバルコニーから、魔法で拡張された声で、息子たちを、そして、この茶番に付き合った、全ての者たちを、叱咤していた。
「見よ! 貴様らの、下らぬ争いが、どれだけの血を流させ、どれだけ国土を荒廃させたか! これ以上、帝国の、民の、そして、私の、顔に泥を塗るつもりか! この、**馬鹿息子どもがッ!!**」
親父の、本気の雷。
それは、どんな魔法よりも、どんな剣よりも、重く、そして、絶対的だった。
アウグストゥスも、フレアも、リディアも、そして、氷の中から、かろうじて意識を取り戻したコンスタンティン(シェルターごと温められた)も。
誰もが、その場で、動きを止めるしかなかった。
帝国の未来を賭けた、疑似戦争。
それは、勝者も、敗者もなく、ただ、皇帝の、雷鳴のような一喝によって、あまりにも、あっけない、幕切れを迎えたのだった。
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