145.後継者争い⑥
「――全軍、突撃ィィィィィィ!!!」
第一皇子アウグストゥスの号令と共に、鋼鉄の津波が、第二皇子コンスタンティン軍へと殺到した。空からは、数十頭の隷属させられたドラゴンが急降下し、大地を灼熱のブレスで焼き払い始める。
まさに、蹂躙。
数の上で劣るコンスタンティン軍は、開始早々、絶望的な状況に立たされたかに見えた。
【天空城アークノア 玉座の間】
「うわー、始まった始まった」
俺は、玉座の間で、巨大モニターに映し出されたその光景を、フローラに入れてもらった美味しいお茶を飲みながら、観戦していた。
「兄ちゃんの方、すごい勢いだな。ドラゴンとか、反則だろ、あれ」
俺が、そんな呑気な感想を漏らしていると、モニターの一角に、見覚えのある一団の姿が映し出された。
派手な装飾の剣を携えた、金髪のイケメン。その後ろに、いかにも高位の魔術師といったローブ姿の女性と、屈強な斧使いの男。
第一皇子アウグストゥス軍の、精鋭部隊として、彼らは最前線で戦っていた。
「……ん? あいつら、なんか、見たことあるような……」
俺が首を傾げていると、ノアが、冷静に、しかし、どこか俺を試すかのように、問いかけてきた。
《――管理人。記録によれば、あれは、貴官が、かつて所属していたパーティー、『太陽の剣』では?》
「……あ」
俺は、ぽん、と手を叩いた。
「そういえば、そんなことも、あったな!」
そうだ。あの金髪のイケメンこそが、俺を「役立たず」だと追い出した、勇者その人だった。
まさか、こんな場所で、再会(一方的に見ているだけだが)するとは。
「へー、あいつら、まだやってたんだな。……まあ、どうでもいいけど」
俺の、彼らに対する感情は、もはや、それだけだった。過去は過去。今の俺には、もっと重要なこと――この戦争ごっこが、どっちが勝つか――の方が、よっぽど興味があった。
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【疑似戦争の平原】
戦場は、混沌を極めていた。
アウグストゥス軍の猛攻は、凄まじい。特に、北の魔女リディアが放つ、絶対零度の吹雪は、コンスタンティン軍の傭兵たちを、次々と氷の彫像へと変えていく。
「くそっ! あの氷女、一人で戦況をひっくり返しやがる!」
コンスタンティン軍の前線指揮官が、悪態をつく。
「――退け! 一度、後退して、態勢を立て直す!」
だが、その退却を、許す者がいた。
「――あらら、もうおしまいかい? つまんないの」
突如、リディアの頭上から、陽気な、しかし、全てを焼き尽くすかのような、声が響いた。
見上げると、南の魔女フレアが、炎の翼を広げ、宙に浮かんでいた。
「ちょっとは、楽しませてくれると思ったんだけどなー!」
彼女が、指をパチン、と鳴らす。
次の瞬間、リディアが展開していた吹雪の中心に、巨大な炎の塊が出現し、大爆発を起こした。
轟音と共に、氷と炎が激しく衝突し、相殺し合い、辺り一面を、濃密な水蒸気の霧が覆い尽くす。
「……あの、炎馬鹿が……!」
霧の中から、リディアの、怒りに満ちた声が響く。魔女と魔女の、直接対決が、始まったのだ。
一方、別の戦場では。
「――はあっ!」
老いたる英雄ジークフリートが、その身の丈ほどもある大剣を、まるで若木でも薙ぎ払うかのように、軽々と振るっていた。
彼の周囲には、帝国の重装歩兵たちの残骸が、文字通り、山のように積み上がっていく。その姿は、まさに、一騎当千。
「ふん。数だけ揃えても、この程度か」
ジークフリートが、吐き捨てるように言った、その時だった。
空から、数十の巨大な影が、彼を目掛けて、一斉に襲いかかってきた。アウグストゥスの切り札、『真・竜騎士団』だ。
「……ちっ。面倒なのが来たわ」
さすがのジークフリートも、これだけの数のドラゴンを、同時に相手にするのは、骨が折れる。彼が、大剣を構え直し、迎撃の体勢に入ろうとした、その時。
戦場に、どこか間の抜けた、しかし、有無を言わせぬ、力強い声が響き渡った。
「――おすわりッ!!」
声の主は、南の魔女フレアだった。彼女は、リディアとの魔法戦の合間に、こちらを一瞥し、まるで、躾のなっていない巨大なペットにでも言い聞かせるかのように、そう叫んだのだ。
次の瞬間、信じられないことが起こった。
ジークフリートに殺到していた数十頭のドラゴンたちが、一斉に、その動きを止め、まるで怯えた子犬のように、悲鳴のような鳴き声を上げながら、蜘蛛の子を散らすように、逃げ出したのだ。
「…………は?」
ジークフリートは、呆然と、その光景を見上げていた。
一方、フレアは、逃げていくドラゴンたちを見て、心底、不満そうに、頬を膨らませていた。
「あーあ! 『おすわり』って言ったのに、逃げやがった! 全然、躾がなってないな、あいつら!」
魔女の、気まぐれな一喝。それが、帝国の切り札を、赤子の手をひねるように、無力化してしまった。
もちろん、その裏では、名もなき一般兵たちが、互いの命を削り合う、泥臭い殺し合いも、繰り広げられていた。
だが、この戦場の主役は、もはや、人間ではなかった。
伝説と、伝説が、互いの意地と、気まぐれによって、盤上の駒を、好き勝手に、動かしているだけ。
帝国の未来を賭けた戦いは、神々の、気まぐれな遊びへと、その姿を変えつつあった。
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