144.後継者争い⑤
その日は、雲一つない、完璧な秋晴れだった。
だが、グラドニア帝国東部の、広大な荒れ果てた平原を満たしていたのは、穏やかな陽光ではなく、剥き出しの闘争心と、血の匂いにも似た、異様なまでの緊張感だった。
平原の両端には、二つの軍勢が、まるで睨み合う巨大な獣のように、対峙していた。
片や、第一皇子アウグストゥス率いる、帝国の伝統と誇りを体現する軍団。
空には、数十頭の隷属させられたドラゴンが、その巨大な翼を広げ、威嚇するように低く旋回している。地上には、漆黒の重装歩兵団が、鋼鉄の壁のように整然と並び、その中心には、北の魔女リディアが、絶対零度のオーラを放ちながら、静かに佇んでいた。まさに、質を極めた、破壊の軍勢。
アウグストゥス自身も、父である皇帝から下賜された、黄金の鎧に身を包み、その手に、勝者を決めるための『裁きの杖』を握りしめ、不遜な笑みを浮かべていた。
対するは、第二皇子コンスタンティン率いる、雑多で、混沌とした軍団。
金で雇われた、おびただしい数の傭兵たちが、統一感のない装備で、しかし、獰猛な闘志をみなぎらせて、鬨の声を上げている。その前衛には、老いたる英雄ジークフリートが、静かに大剣を構え、その後方では、南の魔女フレアが、退屈そうに欠伸をしながら、指先で小さな火の玉を弄んでいた。そして、その軍勢の片隅に、一体だけ、漆黒の騎士『ナイト』が、彫像のように微動だにせず、佇んでいる。まさに、量と、規格外の個が混じり合う、予測不能な軍勢。
だが、その軍勢の中に、総大将であるはずの、第二皇子コンスタンティンの姿は、どこにも見当たらなかった。
「……コンスタンティン! どこだ! 姿を見せろ、この臆病者が!」
アウグストゥスが、苛立ちを隠さずに、叫んだ。ルール上、この戦いは、相手の皇子を『裁きの杖』で打つことで、決着がつく。だというのに、肝心のターゲットが見当たらないのだ。
「――ここにおりますよ、兄上」
その声は、コンスタンティン軍の後方、ひときわ高くそびえ立つ、奇妙な物体から、魔法によって拡張されて、響いてきた。
それは、巨大な、黒曜石で作られた、継ぎ目のない卵のような形状のシェルターだった。表面には、複雑な魔法陣が、淡い光を放ちながら明滅している。
「……なんだ、あれは」
アウグストゥスが、眉をひそめる。
「これは、私が、この日のために、宮廷魔術師たちに作らせた、特製の『絶対防御結界生成装置』です」
コンスタンティンの、冷静な声が続く。
「いかなる物理攻撃も、魔法攻撃も、この結界の前では無力。そして、この扉は、内側からしか、決して開くことはできません」
「なっ……!?」
アウグストゥスは、絶句した。
「貴様……! まさか、そこに閉じこもって、高みの見物を決め込むつもりか! 卑怯者めが!」
怒りに顔を歪ませる兄に対し、結界の中から、コンスタンティンの、くつくつと喉を鳴らして笑う声が聞こえてきた。
「お言葉ですが、兄上。これは、戦略です。総大将が、無防備に前線に出て、真っ先に討ち取られるなど、愚の骨頂。私は、この、絶対安全な司令塔から、我が軍を指揮させていただきますよ」
声と共に、結界の一部が、マジックミラーのように透明になり、中の様子が映し出された。
そこには、豪華な椅子にふんぞり返り、優雅に紅茶を啜る、コンスタンティンの姿があった。
「さあ、始めましょう、兄上。貴方の、その自慢の『力』で、私の『知恵』を、打ち破れるものなら、やってごらんなさい」
その、あまりにも挑発的な言葉と、あまりにも余裕綽々な態度。
アウグストゥスの、堪忍袋の緒が、切れた。
「――全軍、突撃ィィィィィィ!!!」
覇王の子の絶叫が、開戦の合図となった。
空からは竜の影が、地上からは鋼鉄の津波が、コンスタンティン軍へと、一斉に、殺到していく。
迎え撃つは、数の利と、伝説の力。
帝国の未来を賭けた、ルール無用の兄弟喧嘩。
その火蓋は、今、あまりにも異様な形で、切って落とされたのだった。
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